独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2010年4月19日

幹細胞の老化メカニズム
PDF Download

人はなぜ老いるのか。生物は細胞からできているのだから細胞が老いているに違いない。実際、体を構成する細胞は日々老いてその一生を終え、新たな細胞へと置き換わっている。この新たな細胞を供給しているのが組織幹細胞だ。組織幹細胞は分裂を繰り返して分化した細胞を各組織に供給している。しかし、幹細胞自身も老化から逃れることはできない。次第に分裂能力を失い新たな細胞を供給できなくなることが、体の老化の大きな要因と考えられている。細胞の老化には細胞が分裂する周期(細胞周期)を制御する遺伝子が多く関与していることが知られるが、その詳しいメカニズムは分かっていない。

理研CDBの久住呂友紀研究員(分化転換研究チーム、近藤亨チームリーダー)らは最近の研究で、神経系において細胞の老化を促進している遺伝子を突き止めた。その遺伝子、Ecrg4がコードするタンパク質はオリゴデンドロサイト前駆細胞と神経幹細胞において、細胞周期を制御する因子の分解を促進しているという。この結果は、PNAS誌に4月19日付けでオンライン先行発表された。


オリゴデンドロサイト前駆細胞

2ヶ月齢のマウス脳 20ヶ月齢のマウス脳

神経幹細胞

2ヶ月齢のマウス脳 20ヶ月齢のマウス脳

加齢に伴いEcrg4(赤)がオリゴデンドロサイト前駆細胞(NG2陽性、緑)と神経幹細胞(Musashi1陽性、緑)に発現誘導される。青は細胞核(DAPIで染色)。


久住呂らはまず、マウスのオリゴデンドロサイト前駆細胞(Oligodendrocyte progenitor cells; OPCs)を高濃度の血清下で培養することで老化を促し、細胞に起きる変化を詳しく観察した。すると、細胞の形態や細胞内の状態が不可逆に変化する様子が観察され、これらを老化の指標にできる事がわかった。また、老化に伴って1千種類以上の遺伝子が活性化または抑制されており、そのうち300種以上が培養環境を通常に戻しても発現状態は戻らないことが分かった。これらの遺伝子のなかでも、久住呂らはEcrg4に特に興味をもった。通常の状態と老化状態で発現量の違いが際立って大きかったからだ。また、この遺伝子はマウス胚の線維芽細胞でも老化に伴って発現が増えていることや、老化を克服して分裂し続ける癌細胞では抑制されていることも分かったのだ。

そこで、Ecrg4の機能を詳しく調べるために、培養したラットのOPCsにEcrg4を発現させたところ、通常の細胞と比べて上述したような老化の特徴が明瞭に観察された。また続く実験で、Ecrg4は細胞周期を制御する因子、サイクリンD1およびD3の分解と、Rbの脱リン酸化を誘導し、細胞周期を停止させる方向に作用していることも分かった。これらの実験により、培養環境においてはEcrg4がOPCsの老化に関与していることが確認されたため、次にマウスの脳内においても同様のことが起きているか検証する事にした。すると、期待した通り、Ecrg4は若いマウスの脳では発現が弱いのに対し、年老いたマウスの脳、特にOPCsや神経幹細胞が存在する部位では大幅に上昇していた。興味深い事に、Ecrg4はもはや分裂しない最終分化した神経細胞でも発現活性化されていることも分かった。

これらの結果は、体の老化をもたらすとされる幹細胞の老化に、Ecrg4が決定的な役割を果たしていることを裏付けている。近藤チームリーダーは、「組織幹細胞の発見以来、この細胞の老化と枯渇が体の老化の一因と考えられてきましたが、その分子機構はほとんど明らかになっていません。今回の私たちの発見が、神経幹細胞や前駆細胞の老化と、それに起因する中枢神経系疾患のメカニズム解明につながるのではないかと期待しています」、と話す。




掲載された論文 http://www.pnas.org/content/107/18/8259.abstract


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.