教科書を見ると、細胞核は細胞の中心に描かれているが、実際には偏って位置していることが少なくない。しかし、細胞核の位置については、それがどのように制御され、またどのような意味を持つのか、未解明な点が多い。
理研CDBの杉岡賢史研修生(神戸大学大学院)と澤斉チームリーダー(細胞運命研究チーム)は、線虫の非対称細胞分裂をモデルにした研究で、細胞核の位置を制御するシグナル機構を明らかにした。核の位置が細胞外からのシグナルの伝達と細胞運命の決定に影響しているという。この研究はGenes to Cells誌に3月10日付けでオンライン先行発表された。
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非対称な核の位置決定:EMSから生じた2つの娘細胞を比較すると、後方(右側)の細胞では、核が中心体を介して後方の細胞膜近傍に係留されている。この局在が隣接する細胞からのWnt及びSrcシグナルに制御されていることが分かった。
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線虫の多くの細胞は非対称分裂を行い、2つの娘細胞が異なる運命を獲得することで細胞種が多様化していく。例えば4細胞期にはEMSと呼ばれる細胞が非対称分裂を行い、前方の細胞が筋肉や神経系へ、後方の細胞が腸へと分化する。この非対称分裂は、後方に隣接するP2細胞からのシグナルに制御されている。今回杉岡らは、このEMSが非対称細胞分裂を行なう様子を4次元ライブイメージングによって詳細に観察した。
まず彼らが気付いたのは、EMSの非対称分裂によって生じた2つの娘細胞において核の動きが異なることだった。後方の娘細胞では中心体が核を引き連れて後方へと移動し、核が細胞表層に係留される様子が観察されたのだ。前方の娘細胞ではこのような挙動は見られなかった。また、他の数種類の細胞でも同様の現象が観察され、非対称分裂における一般的な現象であることも分かった。
そこで杉岡らは、この核が係留されるメカニズムを探ることにした。EMSの非対称分裂は、後方に隣接するP2細胞からのMOM-2 (Wnt)/βカテニン経路、およびMES-1/SRC-1経路によって制御されることが知られている。これらのシグナルが核の位置決定にも影響しているか調べたところ、Wnt経路の因子またはSRC-1を欠損すると、娘細胞における核の係留化が阻害されることが明らかとなった。しかし、これらの因子は分裂の際に紡錘体の配向も制御していることから、核局在が2次的な影響である可能性があった。そこで、WntまたはSRC-1の発現を抑制した胚で、紡錘体の配向と核の係留化との関係を詳細に解析した。すると、紡錘体の配向が正常範囲内であっても、核の係留化が異常であることが分かり、核局在が紡錘体とは独立して制御されていることが示唆された。
それでは、核の細胞表層への係留にはどのような意味があるのだろうか? 彼らは、運命決定因子の細胞内局在に対する影響を疑った。運命決定因子の一つPOP-1は、EMSの娘細胞のうち前方の細胞では核に局在するが、後方の細胞核にはほとんど見られない。彼らが核の細胞表層への係留を阻害したところ、予想に反して、POP-1の非対称な核局在に大きな影響は見られなかった。しかし、より詳細に解析すると、細胞表層−核間の距離とPOP-1の核局在との間に相関性が見出された。核が細胞表層から離れる程、核内POP-1が増えていたのだ。これらの結果から、核の細胞表層への係留はPOP-1の非対称な核局在に必須ではないものの、非対称性を増強する機能をもつことが示唆された。また、Wntの欠損により核の細胞表層への係留を阻害した場合、細胞運命に大きな異常が生じることも確認された。
杉岡氏は、「これまで核の偏在化の機構や意義は良くわかっていませんでした。今回、細胞外からのシグナルが核の位置を制御するという新たなメカニズムを発見し、また、核が細胞表層に近いほど表層からのシグナルが伝わり易いことも分かりました。核の位置に関する数少ない研究の中でも、重要な報告ができたと考えています」とコメントした。
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