独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2009年9月2日

体内時計は温度に依存せず時を刻む
—温度非依存性の酵素反応を発見—
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寒い朝は布団から出るのがつらいと感じる人は多いであろうか。しかし寒かろうが暑かろうがほとんどの人が朝になれば目は覚める。我々恒温動物の体温はある程度一定に保たれてはいるが、体の活動や体調によって変化するし、皮膚や内臓など体の部位によって異なる。もし体温の違いによって私たちの体内時計の周期が変化し、朝起きる時間などが不規則になってしまったらどうだろうか。体内時計によって制御されるのは睡眠と覚醒の周期だけではない。他にも、血圧やホルモン分泌など様々な生理現象に関わっている。体内時計が体の活動や体調による温度変化に影響を受けていたら、これらの制御機構も全て狂ってしまうことになる。しかし、我々の体はそうならないシステムを持っているのだ。この体内時計が温度の変化に関係なく周期を一定に保てるという「温度補償性」は50年以上前から知られていた。体内時計はシアノバクテリアの時代から進化の過程を経て保存されてきた性質であり、体温の恒常性を持たない生物にとって体内時計の温度補償性は特に重要である。しかし生物の体の生理機能を担う酵素反応は温度の影響を強く受けるにもかかわらず、なぜ生物の体内時計は温度補償性を持っているのかこれまで未解明であった。今回、CDBシステムバイオロジー研究チーム(上田泰己チームリーダー)中嶋正人研究員、鵜飼英樹研究員、基幹研究所礒島康史元研究員らは、リン酸化酵素の一つであるcasein kinase I ε/δ(CKIε/δ)が体内時計の周期を制御し、更にこのCKIε/δの酵素反応は温度によって変化しないことを明らかにした。この成果は Proceedings of the National Academy of Sciences USA誌に掲載された。


研究チームはまず、24時間周期で発現量が上下するperiod遺伝子の発現制御領域を利用して、体内時計の周期を変化させる化合物をスクリーニングするための実験系を開発した(図1)。


図1 体内時計に影響を与える化合物のスクリーニング装置

PERIOD蛋白質の発現量は24時間周期で上下し、概日周期を作り出す。このperiod遺伝子の発現を制御する領域の下流にレポーター遺伝子である Luciferase を導入すれば、period 遺伝子がうける発現制御と同じように24時間周期でLuciferaseが発現することになる。Luciferase は蛍由来の発光タンパクなので、24時間の周期はこの蛋白質の発光の強さを測定し数値化できる。
 


研究チームはこの実験系を用い、1200 を超える化合物について概日時計周期への影響を解析した。その結果、24 時間の概日周期を延長させる効果のある化合物として10 種類を同定した。

次の解析はこの化合物がどのような蛋白質や酵素反応に影響を与えるのか、そのターゲット探しである。研究チームは、ここでcasein kinase I ε/δ(CKIε/δ)に着目した。CKIε/δはPERIODタンパク質の量を調節して概日周期を制御するリン酸化酵素である(PERIOD タンパク質はCKIε/δによりリン酸化されると不安定になり分解される)。また、スクリーニングにより得られた10の化合物のうちのいくつかはCKIε/δを阻害しうる化合物であったことから、他の化合物もCKIε/δの活性に何らかの影響を与え、概日周期を制御しているのではないかと考えて解析を進めた。その結果、10 種の化合物のうち、9 種がCKIε/δの酵素活性を阻害することが分かった。また、この化合物が存在するとPERIOD 蛋白質が安定化し、24 時間周期が48 時間まで延長されることが明らかになった。つまり、これらの化合物はCKIε/δの活性を阻害して概日周期に影響を与えているのであり、CKIε/δが体内時計の制御に中心的な役割を担っていることを示している。

更に興味深いことに、CKIε/δの酵素活性は温度に非依存であることが判明した。上述の通り、体内時計は温度が変化しても周期が一定に保たれている。もしCKIε/δが体内時計の周期を決めているのであれば、CKIε/δの酵素活性は温度に非依存であるはずだと考えた。研究チームが温度と酵素反応の関係に着目し解析したところ、CKIε/δによるリン酸化の反応速度、更にはPERIOD 蛋白質の安定性は温度を変えてもほとんど変化せず、CKIε/δの酵素反応は、温度非依存的に体内時計の周期を制御していることが示唆された(図2-1,2-2)。このCKIε/δの温度非依存性はPERIOD 蛋白質を基質とした時にのみ見られ、CKIε/δは体内時計の制御にのみ温度とは独立した酵素反応を示すことが分かった。

図2-1 CKI リン酸化反応の温度非依存性
反応温度25℃(青線)と35℃(赤線)で反応速度はほとんど変わらない。
図2-2 PERIOD タンパク質の安定性と概日リズム
PERIOD タンパク質の安定性(左図)は、27℃から37℃に温度を上昇させても半減期はほとんど変化しない。
(右)概日リズムの周期(右図)も温度変化にほとんど影響を受けていない。

これらの解析により、温度非依存な酵素活性を持つCKIε/δが時間の定規として機能するが故に、体内時計は温度変化に関係なく周期を一定に保てることが明らかになった。体内時計全体のネットワークの性質である温度補償性が、一つのリン酸化酵素が関与するシンプルな反応によって決まるという事実は非常に興味深い。このCKIε/δの性質は非常に特徴的であり、体内時計のみならず他の生命現象の理解にも応用できることから、CKIε/δという酵素自体の解析の進展も待たれるところである。更に、今回同定された化合物は体内時計を制御できる薬剤として、今後の概日リズム障害に対する治療薬開発への貢献が期待される。この研究の今後の発展に期待したい。


掲載された論文

http://www.pnas.org/content/early/2009/09/01/0908733106.abstract



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