独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2009年7月10日

カメの甲羅にまつわる100年来の謎を明らかに
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カメの甲羅は肋骨が変化したものである。通常の羊膜類(哺乳類、鳥類、は虫類を含む、胚が羊膜に包まれている動物)の肋骨は、背骨から腹側へと互いに平行に伸びるが、カメの肋骨は腹側には伸びずに、背骨から横に広がり、さらに背側で扇状に広がる (図1、※1 科学ニュース 2007.6.11)。この肋骨の幅が広がって、隣同士の肋骨がつながり骨性の板を作ったものが甲羅であり、種によってはその上に角質の鱗(いわゆる亀甲模様)を作る。実はカメの甲羅は、解剖学、形態学、古生物学分野では100年以上にわたる謎であった。例えば、キリンは長い首を持つが、首の骨(頸椎)の数は7個であり他のほとんどのほ乳類と変わらない。つまり一つ一つの骨が徐々に長くなっていった段階的な進化が推測できる。しかしカメの甲羅は、ただ肋骨が互いにくっつ いただけではできない。カメの甲羅は単に肋骨が進化しただけではなく、肩甲骨など他の筋の位置関係なども大きく変化しているのだ。というのも肋骨の外側には肩甲骨という腕を胴体につないでいる骨があるが、これは腕の動きに合わせて動かせなければならない。一方で背中を硬くして甲羅という防御装置を作る必要がある。この二つを同時に解決するように、カメの肩甲骨は肋骨の内側にある。また肩甲骨の移動にともなって、肩にある筋肉もカメでは甲羅の内側に見られる。この肩甲骨と付随する筋の位置の逆転というカメの進化過程は、それが如何にして起こったのか全く予想がつかない。実際、その中間形態を示す化石種も発見されていなかった。

今回、形態進化研究グループ(倉谷滋グループディレクター)の長島寛研究員らは、この甲羅と、それに伴う周囲の骨格、筋肉の変化が進化上どのように起こったのかというプロセスを明らかにした。この研究成果はScience誌7月10日号に掲載された。

図1 ヒトとカメの骨格・筋の形態比較


長島研究員らはこの問題について、胚発生に着目し形態学的解析を進めた。というのも動物の形が発生過程を経てつくられるからには、進化すなわち「形の変化の歴史」は、「発生過程の変化の歴史」とも言えるからである。長島研究員らは、カメ(スッポン:養殖場から容易に入手可能)と、鳥類(ニワトリ)及び哺乳類(マウス)の種間比較を行い、羊膜類の進化過程でカメの骨格や筋形態、位置関係が如何に変化したか推測した。その結果、発生中期まではカメ発生における形態形成過程はニワトリやマウスに比べて大きく異なるわけではなく、肋骨が他の種に比べて短いという以外は、骨格や筋肉の位置関係は他の種とほぼ同様であった。しかし発生後期に、カメの背側にとどまった肋骨が扇状に広がって肩甲骨に覆い被さることで、肩甲骨が肋骨の内側にあるように見えるようになるということが明らかになった。

また、肩甲骨、二の腕と胴体を繋ぐ筋群についても、やはり発生中期までは他の羊膜類と同様の形態形成が確認された。肩甲骨と胴体を結ぶ筋は発生後期に肋骨が扇状に広がるのに従い、それまでの骨格-筋の位置関係を保ったまま、折れ曲がるようにして内側に入り込むことがわかった。つまりこの筋の基本的な発生プログラムは他の羊膜類のものと変わらず、カメ独特の肋骨形態形成に伴い、見かけ上の位置関係が逆転していたことが分かった。一方で、カメ独特の形態形成がおこる発生後期に付着点をつくる筋群は、折れ曲がるのではなく、付着する骨を変えていた。つまり、発生初期に骨格とのつながりが形成される筋は折れ曲がることによって周囲の骨格との位置関係を変えずに発生し、発生後期に骨格とのつながりを形成する筋は骨格との付着位置を変えて発生していることが分かった。

これらの結果からカメ独特の形態は、劇的な変化により突如現れたものではなく、その基本的な発生プログラムは他の羊膜類と同様であり、発生後期に甲羅が出来るのに従って見かけ上の位置を変えてゆくということが明らかになった(図2)。


図2
一般的羊膜類(左)とカメ(右)の骨格・筋の比較 カメは肩甲骨や肩にある筋肉が肋骨の内側にあるが、これは体を内側に折れ込ませることで作られていた。

更に興味深いことに、このカメの発生途中の形態は、2008年11月に発表された化石動物Odontocherysの形態に非常によく似ていた。Odontocherysは最古の化石カメと考えられている動物であり、その肋骨は横に広がってはいるものの扇状にはなっておらず、肩甲骨が肋骨の前外側に確認された。つまりこの形態はカメの発生中期の形態と極めてよく似たものであった。おそらくカメの進化は、このような祖先となる動物の後期発生過程を変更し、背甲を完成させたのではないかと考えられる。

どんなユニークな体を持った動物であっても、その体を作り出した発生過程の変化がある。今回の研究は、遺伝子や細胞レベルでの発生学的知見と、解剖学的・形態学的な知見を組み合わせて進化的プロセスを明らかにした点で非常に興味深い。このような種独特の形態獲得のプロセスは、私たちの体が如何にして出来たのか、その進化を考える上でも非常に重要な知見であると考えられる。

 

掲載された論文

http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/325/5937/193

 
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※1 カメはどのようにして甲羅を獲得したのか

 


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