わたしたち人間の眼は、一つでも三つでもなく、二つである。多少なりとも形状や位置にバリエーションはあるが、どの人の眼も顔面上三分の一あたりの両側に存在する。これは当たり前のことのようだが、適切な位置に適切な器官が適切な機能を持って誘導されるには精密なコントロールメカニズムが必要だ。我々の眼の形成が誘導される際においても、額に第三の眼が形成されたり、両眼がつながったりしないように、なるべきではない部位は眼にならないよう、眼の形成を抑制するための機構も必須である。しかし、眼の形成を誘導する機構に比べ、形成を抑制するための機構については不明の部分が多かった。今回、Michael E. Teraoka研究員(感覚器官発生研究チーム、Raj Ladher チームリーダー)らはニワトリ胚を用いた研究により、この眼の形成を抑制する作用は、将来眼となる外胚葉の周囲にある中胚葉が担うことを明らかにした。この成果は、Developmental Biology誌に4月10日付けでオンライン先行発表された。
眼の発生は、まず脳の一部である間脳の両側にできたふくらみ、眼胞から始まる。眼胞は表皮に働
きかけて水晶体を誘導するとともに、眼胞自体はくぼんで眼杯を形成し、眼杯は神経網膜などの組織に
分化する。これらの変化は全て外胚葉でおこるが、実はその近隣に控える中胚葉による制御も深く関わ
っている。例えば、眼が両側に一つずつ形成されるには胚の頭部にある前脊索中胚葉(prechordal
mesoderm)の制御が必要である。前脊索中胚葉の部位は眼の発生に深い関係があり、前脊索中胚葉
が欠如しているところでは、脊索の両側で眼が発生する(図1黄色)。しかし、三次元的に正しい位置
に眼が形成されるには、前脊索中胚葉以外の組織からの要因も必要であろう。Teraoka らはこの前脊
索中胚葉に加えて、脊索の頭側に沿って分布する頭側沿軸中胚葉(rostral paraxial mesoderm、図1オ
レンジ色)からもまた眼形成を抑制する作用がある可能性を考えた。
実際に頭側沿軸中胚葉をニワトリ胚の頭部から切除すると、将来眼となる眼胞が本来の領域をこえて拡大し、逆にこの中胚葉領域を正常部位より頭側へ移植すると眼が正常に形成されなかった。つまり頭側沿軸中胚葉は近隣での眼の形成を抑制し、適切な部位に眼を誘導するための制御に関与していると考えられる。ただしこの頭側沿軸中胚葉の作用は眼の発生の予定領域に対してのみであり、他の神経組織には顕著な影響はなかった。
頭側沿軸中胚葉が眼の形成を抑制するためにはどのような分子が関わっているのだろうか。Teraoka らは、眼に関係する遺伝子の発現パターンや機能などからBMP(Bone Morphogenetic Protein、骨形成因子)に着目し解析を進めた。その結果、BMP が眼の形成を抑制する作用を持つことをつきとめた(図2)。
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図2 BMPによる眼の誘導抑制
ニワトリ胚の頭部。水色の円はBMP4をしみ込ませたビーズ(眼になる部位の直下に移植)。右側矢印部分では眼原基(将来眼が誘導される部分)のマーカーであるRaxが発現している(紫色)一方、左側ではRaxの発現が非常に低く、BMP4により眼が形成の抑制されているのが解る。 |
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更なる解析により、BMP は、同じく眼の発生に深く関与することが知られる分子、Wnt 経路の発現制御を通して眼の形成を抑制していることも明らかになった。複数あるWnt 経路のうち、Wnt8 やFrz4 によるcanonical Wnt 経路は眼の形成を抑制し、Wnt11 によるnon-canonical 経路は逆に眼の形成を誘導する。BMP はWnt8、Frz4 の発現を誘導して眼の形成を抑制する一方で、眼誘導作用を持つWnt11 の発現は抑制することが解った。
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図3 中胚葉による眼の形成抑制
前脊索中胚葉は頭頂部から正中付近での眼の発生を抑制し、将来眼になる部位が二つに分かれる。その後、頭側沿軸中胚葉も後方から眼の発生を抑制し最終的な発生位置が決まり、眼が形成される。 |
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Ladher チームリーダーは、「器官が形成されるとき、将来その器官となる領域だけが重要なのではなく、その周囲の細胞や組織と相互作用して最終的に器官の形や位置が決まり、機能する器官が出来ていく。」と語る。ごくごく当たり前に二つあるわたしたちの眼も、このような組織同士の複雑な相互作用の結果といえるだろう。
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