血液の起源をめぐる論争は数十年に及ぶが、研究者達はまだその答えに到達していない。哺乳類の血液は中胚葉に由来するという説もあれば、間葉系前駆細胞、内皮前駆細胞、あるいは内皮そのものに由来するという人もいる。答えが出ない理由は明確で、これらの細胞を経時的かつ詳細に追跡する術が無かったのだ。
今回、理研CDBとドイツの研究機関Helmholtz Zentrum Munchenは新たなイメージング技術を開発し、内皮細胞が血液細胞に分化する様子を初めて明らかにした。この研究は、Timm Schroeder氏が中心に進め、科学誌Natureの2月号に発表された。同氏は、2002年から2004年まで幹細胞研究グループ(西川伸一グループディレクター)に在籍し、現在はHelmholtz Zentrum Munchenで自らの研究グループを率いている。2つの機関は2005年に協定を結んで連携を進めているが、今回初めて共同発表が実現した。
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ES細胞由来の内皮細胞コロニー:平坦な内皮細胞のコロニーの上部で球状の血液細胞が分化している様子がわかる。右はHistone2B-VENUSで核をラベルした蛍光像。 |
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これまでの方法では、1つの遺伝子をマーカーにして、ある時点の細胞の状態を観察することしかできなかった。今回彼らが用いた方法は、複数の遺伝子をマーカーに、単一細胞レベルで長期間にわたって追跡できるのが特徴だ。彼らはまず、マウスのES細胞から内皮細胞の元となる中胚葉細胞を誘導し、既に確立されている中胚葉マーカーを用いて精製した。これらの中胚葉細胞を再び培養してコロニーを形成させ、細胞の形態や挙動、遺伝子発現を長期間に渡ってモニタリングした。その結果、内皮細胞の特徴、すなわち密着結合の形成やVE-カドヘリン、クロージン5の発現、低密度リポタンパク質の取り込み、シート状の細胞形態などを示すコロニーが多数確認された。同時に、非接着性の形態、増殖性、マーカー遺伝子の発現などから、血液細胞が分化しているのも確認された。
そこで、10,000個以上のコロニーから、内皮細胞の特徴を持ちながら血液を産生している144個のコロニーに的を絞って詳しく調べた。すると、内皮細胞の一部が徐々に密着結合を失い、やがてコロニーから完全に遊離して血液へと分化する様子が明らかになった。これらの細胞は、生体内で血液細胞が分化する時と同様の順序で血液マーカーを発現していた。一方で、これらの内皮細胞は平滑筋や心筋には分化しないことから、中胚葉性を失っていることが示唆された。また、これらの細胞は血液マーカーであるCD45を発現していないことから、血液と内皮の両方に分化し得る「二分化能」を持つ細胞であることが予想された。実際に、姉妹細胞の一方が血液のみに分化し、他方が内皮細胞のみに分化する様子も観察された。
彼らは、マウス胚から摘出・培養した中胚葉細胞が、上述の実験と同様の血液分化能を持つことも示している。これは、今回得られた知見が生体内にも適用できることを示唆すると共に、ES細胞が発生過程の分化解析モデルとして有用であることを改めて示している。今後、ES細胞の研究によって生体内の分化メカニズムが明らかになると同時に、試験管内の分化誘導もより高効率に行えるようになるだろう。
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