血球/血管か平滑筋か
-ニワトリ腹側中胚葉の運命選択メカニズム-
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胚発生は、胚自体の発生のみで語れるものではない。胚または胎児のからだとなる部分以外、胚体外でも、胚発生とともに組織や細胞がつくられ、胚の栄養や維持など胚発生に重要な役割を持つ。胚発生初期の血液(主に赤血球)や血管もまた胚体外でつくられ、胚に供給される(一次造血※1)。ニワトリ胚では、原条後方から原腸陥入によって生まれた腹側中胚葉(後に胚体外中胚葉)から赤血球細胞や血管の内壁となる血管内皮細胞が分化し血液を胚へと運ぶ(図1)。この胚体外中胚葉からは赤血球や血管の細胞の他に平滑筋細胞などの細胞も分化する。血球・血管内皮細胞になるか平滑筋細胞になるか、その運命選択に細胞がどのような制御を受けているのか、その機構についての詳細は未知であった。
今回、初期発生研究チーム(Guojun Shengチームリーダー)眞昌寛研究員、永井宏樹テクニカルスタッフらは、ニワトリ胚を用いた実験で、腹側中胚葉にNotchシグナルが働くと細胞は平滑筋細胞になるべく分化することを明らかにした。更に、平滑筋細胞のみに特異的に発現する新たなマーカー分子として転写因子dHandを同定した。この研究成果はDevelopment誌2009年2月号に掲載された。
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図1 ニワトリ胚腹側中胚葉と血球細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞 |
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腹側中胚葉から血球細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞(図1)がそれぞれどのように分岐していくのかは未だ不明な点が非常に多い。眞研究員らは、血管形成に関係し且つ細胞の運命決定に重要な役割をすることが知られるシグナル分子、Notchに着目し解析を行った。興味深いことに、ニワトリ原腸胚期(図1A)にNotchシグナルを活性化すると、ほとんどの細胞は将来平滑筋になる平滑筋前駆細胞に分化し、血球・血管内皮の前駆細胞(※2)にはならなかった(図2)。実際にNotchは腹側中胚葉から平滑筋前駆細胞、血球・血管内皮の前駆細胞が分化する直前に発現しており、腹側中胚葉の細胞がNotchシグナルを受けて、筋肉になるのか、血球・血管になるのか二者択一の運命選択をしている可能性が考えれられる。
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図2 左図:グロビン遺伝子の発現(赤血球)。
Notchシグナルを活性化した細胞は平滑筋前駆細胞へと分化する(右下段)。 |
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このように細胞の分化を示すには、各細胞特異的なマーカー遺伝子による解析が不可欠である。眞研究員はニワトリ胚で造血に関与すると考える遺伝子についての発現解析を行っており、そのスクリーニングで得られた100以上の遺伝子の発現パターンから、転写因子dHandが平滑筋前駆細胞に特異的に発現していることを突き止めた(図3)。このdHandをマーカーとして用いれば、平滑筋細胞の分化・発生がNotchなどのシグナル因子によってどのような影響を受けるか詳細に解析することが出来る。
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図3 平滑筋細胞に発現するdHand(上段)。
下段は血球・血管内皮細胞のマーカーであるLmo2。 |
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解析を進めた結果、Notchシグナルを活性化した細胞ではdHandが発現しており、更にdHandは平滑筋細胞分化を誘導することが分かった(図4A)。また、dHandは血球・血管内皮の前駆細胞のマーカーであるScl遺伝子の発現を抑制しており、dHandが血球・血管内皮細胞への分化を抑え、平滑筋細胞分化を促進していることが明らかになった。逆にSclがdHandの発現を抑制することから、この二つの分子はお互いに抑制し合い、血球・血管内皮細胞になるか、平滑筋細胞になるか細胞の二者択一の運命決定にそれぞれ関与していることが示唆された(図4B)。
もし細胞がNotchシグナルによって平滑筋細胞になるべく運命選択をしているのであれば、Notchシグナルを抑制すると平滑筋細胞が出来ず血球・血管内皮細胞の割合が劇的に増えるはずである。ところが不可解なことに、ニワトリ原腸胚でNotchシグナルを抑制しても平滑筋前駆細胞は分化し、血球・血管内皮細胞へ分化する割合にも大きな増加はなかった。また、細胞レベルでNotchシグナルを抑制しても全ての細胞が平滑筋細胞にならず血球・血管細胞になる割合が増えたが、全ての細胞で平滑筋細胞への分化が阻害されるわけではなかった。つまり、平滑筋細胞分化誘導にはNotch以外のシグナルが関与している可能性が考えられる。そこで眞研究員は、この時期の胚の後方に発現している遺伝子、Wntに着目し解析を行ったところ、WntシグナルがNotchシグナルも活性化し、平滑筋細胞を分化誘導することが分かった。また、眞研究員はNotchシグナルがBMPシグナルによる血球・血管内皮前駆細胞の分化を抑制することも突き止めている。おそらくNotchシグナルは、Wntシグナルの平滑筋細胞誘導作用に協調して、細胞が平滑筋細胞になるか血球・血管内皮細胞になるか運命決定をする際の、二者のバランス調整に関与しているのはないかと考えられる(図4)。
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図4 腹側中胚葉からの平滑筋前駆細胞、血球・血管内皮前駆細胞分化 |
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眞研究員は、「dHandが平滑筋細胞を分化することは分かったが、詳細なメカニズムは分かっていない。どのようにして平滑筋が誘導されるのか解明出来れば、今後の血管平滑筋の再生その医療への応用に繋がるかもしれません。」まと語る。また、今回の解析により平滑筋細胞を分化する因子は分かったが、血球・血管内皮細胞分化を誘導する分子は未だ明らかになっていない。中胚葉細胞からどのようにして平滑筋、血球、血管内皮細胞がそれぞれ分化していくのか、全貌を明らかにするには更なる解析が必要である。
Sheng チームリーダーは「胚体内の発生に比べて胚体外組織の発生に興味を持つ人は少ないだろう。しかし今回の研究結果は、血管になるか、筋肉になるか、中胚葉の分化発生メカニズムを考える上で胚体外組織以外にも当てはまる普遍的なメカニズムかもしれない」と語る。
※ 1
造血には二段階あり、発生初期に胚体外から胚に血液を供給する造血を一次造血と呼ぶ。その後造血器官は胚体内に移り、生後も血液を供給する器官となる(二次造血)。哺乳類では一次造血器官である卵黄嚢の造血細胞が胚体内に移動し二次造血の血液も作り出すことが分かっている(関連記事 CDBニュース 2007年3月28日)。
※ 2
血球細胞と血管内皮細胞は同じ前駆細胞から分化する。血球細胞になるか血管内皮細胞になるかの運命決定には栄養因子であるFGFが関与する(関連記事 CDBニュース 2006年11月28日)。
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