独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年11月6日

ES細胞から層構造を持った大脳皮質組織の分化誘導に成功
PDF Download

これまでの幹細胞からの分化誘導研究では、神経細胞や視細胞など各種細胞レベルの分化誘導制御を主としており、多種多数の細胞が立体的かつ機能的に集合した組織・器官レベルの分化誘導は困難であった。今回、細胞分化・器官発生研究グループ(笹井芳樹グループディレクター)の永樂元次研究員らは、ES細胞から組織レベルの分化誘導を、脳という複雑な組織で実現することに成功した。永樂研究員らがES細胞から分化誘導した大脳皮質神経組織は、自己組織的に異なった細胞種からなる層構造を形成した。またこれらの神経組織では、マウス発生期大脳皮質に特徴的に見られる神経活動の同期現象が確認された。この研究成果はCell Stem Cell誌オンライン版11/6付けで掲載された。


脳は何億という細胞が複雑なネットワーク形成した集合体である。細胞の性質や形態は多種多様であり、それぞれ独自の機能を持つ。これまでの研究により、ES細胞などの多能性細胞からドーパミン産生ニューロンなど各種の細胞の分化誘導法が明らかになってきたが、脳という複雑な器官の組織レベルの分化誘導は非常に困難であった。

研究グループでは、既にES細胞から神経細胞を誘導する培養法(SFEB法)を開発しており(Watanabe et al. Nat. Nreurosci. 2005)、この方法を用いて大脳前駆細胞への分化誘導に成功していたが、この方法での分化誘導率は最大30%が限界であった。まず、永楽研究員らはこの大脳前駆細胞への誘導率改善を試みた。従来のSFEB法では単一細胞をバラバラにして浮遊培養し、1〜2日かけて細胞が集合し凝集塊をつくる。永楽研究員らは、この方法を改良し、1ウェルがわずか直径1cm弱の非細胞接着性培養皿にマウスES細胞を約3000個ずつ入れ、2〜3時間以内に素早く凝集塊を作成する方法を開発した(SFEBq法、図1)。

図1 SFEBq法によるマウスES細胞からの大脳皮質細胞分化誘導


この方法でES細胞を培養すると、細胞の凝集塊の大きさと凝集塊を構成する細胞同士の接着性が一定になり非常に再現性の良い結果が得られ、実際に大脳前駆細胞、特に大脳皮質前駆細胞を7割程度という高確率で分化誘導出来ることが分かった。また、分化した大脳神経細胞をマウス生体に移植すると、移植した細胞は生体に取り込まれ大脳神経細胞に分化し、且つ正しい投射先に軸索をのばし神経ネットワークを形成出来ることが分かった。

更に興味深いのは、このSFEBq法を用いてES細胞を培養し続けると、単に大脳前駆細胞が効率的に分化誘導されるだけでなく、誘導された大脳前駆細胞が自発的に胎生期の大脳皮質を模した組織形態を形成(自己組織化)することであった(図2)。中枢神経系は神経前駆細胞が一層のシート状の神経上皮から発生し、そのうち大脳皮質は胎生中期では神経前駆細胞や数種の神経細胞からなる4層の細胞層を形成する(その後成体の大脳皮質は6層の神経細胞層になる)。SFEBq法により誘導した神経組織は自発的にこの神経上皮の形態を形成し、三次元培養で更に培養を続けるとこの神経上皮の形態が変化して胎生期の大脳構造と極めて良く似た4つの細胞層を持つ球状の構造を形成することが分かった。この大脳皮質への分化は形態だけではなく、各種神経細胞のマーカータンパクや4つの層が形成される時期や順序も生体の発生過程と一致していることが分かった。


図2 ES細胞から誘導された大脳皮質層構造
(マゼンタ)大脳特異的な神経マーカーBf1
(緑)分化した大脳皮質ニューロン
(青)全細胞の細胞核

この大脳皮質の自己組織化はヒトES細胞でも確認され(ヒトES細胞の場合は細胞死抑制のためにROCK阻害剤が必要)、ヒト初期胎児の大脳皮質4層と極めて良く似たマッシュルーム状の層構造を確認した。

更に永楽研究員らは大脳皮質層構造の構築のみにとどまらず、大脳皮質各領域の分化誘導にも成功した。大脳皮質は様々な機能を担う神経細胞がそれぞれ「正しい」位置に局在しており、場所によって機能が異なる。運動野などが局在する大脳新皮質の前側は栄養因子であるFgf8に誘導されることが知られているが、実際にES細胞から誘導した大脳皮質細胞にFgf8を作用させると前方新皮質型の細胞に分化した。逆にFgf阻害剤であるFGFR3-Fcを作用させると視覚野などが存在する後方新皮質型の細胞に分化することが分かった。また、大脳海馬周辺の領域にはWnt及びBMPにより誘導されることが知られているが、これらのタンパク質を培養液中に加えると海馬周辺の領域が分化誘導出来ることも分かった(図3)。

図3 マウスES細胞から大脳各領域の分化誘導


また、誘導された神経組織はマウス発生期の大脳皮質に特徴的に見られる神経ネットワークを形成し得ることも分かった。神経細胞の活動をカルシウムイメージング法(神経細胞の活動により細胞質のカルシウム濃度が上昇するため、カルシウム濃度を感知する蛍光色素Fluo4などを利用して神経細胞の活動を観察する方法)により観察したところ、神経細胞がランダムに活動するのではなく、相互にネットワークを形成して同期した発火パターンを示すことが分かった(図4)。


図4(Movie) カルシウムイメージング法による大脳皮質の神経活動 神経組織がフラッシュのように同期した神経発火パターンを示すのが分かる。

今回の研究によりES細胞から誘導した大脳皮質組織は、発生過程、形態、各領域の分化誘導および機能と様々な面において生体組織と類似した性質を持つことが分かった。また、層構造や同期した神経活動の形成がES細胞から自己組織的に発生したことは非常に興味深い結果である。

この成果は、複雑な脳という器官の発生機序を研究する上でも、脳の特異的な部位のみが選択的に細胞死を起こすアルツハイマー病やALSなどの神経難病の病態研究においても、基礎研究・臨床研究双方の面から非常に意義のある結果であると考えられる。




掲載された論文

http://www.cell.com/cell-stem-cell/abstract/S1934-5909(08)00455-4

理研プレスリリース
へのリンク
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2008/081106/index.html


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.