高次クロマチン構造形成におけるHP1ファミリータンパク質の機能を解明
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真核生物の長いDNAは、細胞核内でクロマチン(染色体)構造と呼ばれる高次構造を形成している。この高次構造には、ヒストンを始め様々なタンパク質が関与しており、Heterochromatin Protein 1 (HP1)と呼ばれるタンパク質ファミリーもまたクロマチン構造に重要な働きをするタンパク質ファミリーの一つである。今回、クロマチン動態研究チーム(中山潤一チームリーダー)の定家真人研究員、および川口利華テクニカルスタッフらは、分裂酵母(S. pombe)のHP1タンパクであるSwi6とChp2が、それぞれ独自の機能を持ち、更に、この二つのタンパクが適切な量比で存在することがヘテロクロマチン形成に重要であることを明らかにした。この研究成果はMolecular and Cellular Biology誌に9月22日にオンライン先行公開された。
真核生物のDNAは、ヒストンというタンパク質に巻き付きコンパクトに折り畳まれてヌクレオソームと呼ばれる構造を形成し、これが更に折り畳まれたクロマチン(染色体)という状態で細胞核内に存在する。遺伝子発現の際はDNAを鋳型としてmRNAが転写されるが、このためにはこの立体構造をほどかなければならない。クロマチン構造がほどけた状態のユーロクロマチンと呼ばれる領域ではmRNA転写のためのタンパク質である転写因子などがDNAにアクセスしやすく、遺伝子発現が活発に行われており、逆にクロマチン構造が密に集まって凝集しているヘテロクロマチン領域では、転写因子群が近付けず、遺伝子の発現は抑制されている。様々な遺伝子発現のオン-オフにはユーロクロマチンからヘテロクロマチンへ、或はその逆へとクロマチン構造がダイナミックに変化する。つまり遺伝子発現はDNA配列による情報のみではなく、ヒストンを巻き込むクロマチン構造のリモデリングによるダイナミクスによっても制御されることになる。
前述のクロマチン構造が凝集し遺伝子発現的に「沈黙」状態であるヘテロクロマチンの立体構造形成には、様々なタンパク質が関与している。特にクロマチンを構成する4種類のコアヒストン(H2A、H2B、H3、H4)は様々なタンパク質によってアセチル化、メチル化、リン酸化などの修飾を受けクロマチンの立体構造に関与する。クロマチン構造が凝集するヘテロクロマチンの構造には、これらコアヒストンのうちヒストンH3のリジン残基のメチル化(H3K9)が重要であることが知られている。このメチル化ヒストンを認識して結合し、ヘテロクロマチン形成に重要な役割を果たすのがHeterochromatin Protein 1(HP1)と呼ばれるタンパク質ファミリーである。HP1はヘテロクロマチン形成に必須であり、カビや植物から酵母、ハエ、線虫、哺乳類までほぼ全ての真核生物に存在する。しかし、複数あるファミリーメンバーそれぞれの機能分担については未だ不明の部分が多かった。
定家研究員らはまず、分裂酵母のHP1ファミリーメンバーであるSwi6とChp2がヘテロクロマチン形成に如何に関与するか下記実験を行った。
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図1 Swi6欠損株とChp2欠損株の表現型のまとめ |
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その結果、Swi6の欠損株もChp2の欠損株もヘテロクロマチン構造が異常となり、マーカー遺伝子の発現抑制(サイレンシングと呼ばれる現象)が解除されることが分かった(図1(1)と(2))。次にそれぞれのタンパク質が重複した機能を持つのかどうか、Swi6欠損株の中でChp2をさらに異所的に発現、あるいはChp2欠損株の中でSwi6を異所的に発現させる実験を行った。ところが、Swi6欠損株にChp2を、或はChp2欠損株にSwi6をいくら過剰に発現させても、ヘテロクロマチンの構造はいっこうに元に戻らず、二つのタンパクの機能はお互いに相補出来ないことが明らかになった(図1(3)と(4))。これらの結果から、同じHP1ファミリーに属する遺伝子であっても、Swi6とChp2ではヘテロクロマチン形成においてそれぞれ別の機能を持っており、どちらが欠けてもヘテロクロマチン構造を正常に維持できないことが示されたのである。では両者の量のバランスはいったいヘテロクロマチン構造形成にどのような影響を与えるのか?今度は発現量の少ないChp2の量を増やすことで、両者のバランスを変化させるという実験を行ったところ、正常なSwi6タンパク質があるにも関わらず、ヘテロクロマチン構造が異常になることが確かめられた(図1(5))。以上の結果は両者の存在量のバランスが、ヘテロクロマチン構造の維持に重要であることを示唆している。
定家研究員らは、両者の違いがいったい何に起因するのかさらに詳細な分子的解析を進め、Swi6はヘテロクロマチン化を負に制御するEpe1と呼ばれる因子の局在に寄与しているのに対し、Chp2はヘテロクロマチン化を正に促進するヒストン脱アセチル化酵素Clr3を呼び寄せていることを見出した。また存在量の比較的少ないChp2は、核構造と強固に結合し、この独自の機能がヘテロクロマチン構造形成に必要であることを明らかにした(図2)。HP1ファミリーのそれぞれがヘテロクロマチン形成に対して別個の機能を持つことは、正しい場所に適切なヘテロクロマチン構造をつくるための制御に関与しているのではないかと考えられる。この複数のタンパク質による巧妙な役割分担について定家研究員は、「生体が持つ複雑な、しかし秩序立った側面を見ることが出来ました。」と語る。
本研究によって、同じヒストンのメチル化修飾を認識して結合する2種類のHP1タンパク質が、分裂酵母のヘテロクロマチン形成において全く独自の機能を有し、それが全体の構造維持に重要な貢献をしている事が明らかになった。それでは他の真核生物におけるHP1も同じように機能しているのだろうか?中山チームリーダーは、「それぞれの生物種で発現しているHP1タンパク質を、単純にSwi6タイプとChp2タイプに分類することは難しいでしょう。ただ、HP1タンパク質を複数種持つことでどのようにクロマチン構造のダイナミックな変換を行うことができるか、私たち哺乳類でも行われている複雑な分子メカニズムの理解へつながると思われます」と、話している。高等真核生物ではHP1ファミリータンパク質は単にヘテロクロマチンの構造維持に関与するばかりでなく、多くの遺伝子発現調節にも関与することが明らかにされてきており、今後の解析によって複数存在するHP1ファミリーがどのように機能分担し多様且つ厳密な遺伝子発現の制御を可能にしているのか、そのメカニズムが解明されるものと期待されます。
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