生殖細胞誕生に不可欠な転写制御因子Prdm14の同定 |
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哺乳類の始原生殖細胞は胚発生の初期にごく一部の細胞集団が胚体外組織からのシグナルを受けて誕生する。生殖細胞の誕生には1)体細胞化の抑制、2)潜在的多能性の再獲得、3)エピジェネティックなゲノム修飾の再編成、の3つの過程が関与している。今回、哺乳類生殖細胞研究チーム(斎藤通紀チームリーダー)の山路剛史研修生(京都大学大学院生命科学研究科大学院生)らは始原生殖細胞形成に必須な因子として、PRドメインとZnフィンガーを有する転写制御因子Prdm14を同定し、更にPrdm14が生殖細胞において上記2)潜在的多能性の再獲得、3)エピジェネティックなゲノム修飾の再編成に関与していることを解明した。この研究成果はNature Genetics誌オンライン版に7月11日付けで掲載された。この研究により、生殖細胞の誕生機構がまた一つ明らかになった。
研究チームはこれまでの解析により、始原生殖細胞の形成には転写制御因子Blimp1が必須であり(Ohinata et al., 2005 Nature 436, 207-213)、Blimp1は生殖細胞を作るための遺伝子発現を統合的に制御していることを明らかにした(Kurimoto et al.,2008, Genes&Development, 22, 1617-1635)。研究チームは単一細胞レベルでの遺伝子発現解析を更にすすめた結果、始原生殖細胞に極めて特異的に発現する遺伝子Prdm14を同定した。Prdm14はPRドメインとZnフィンガーを有し、Blimp1と共通のファミリーに属する転写制御因子である。Prdm14はマウス胚の内部細胞塊(早期胚発生において、胚盤胞の内側に形成される細胞集団。ここから外・中・内胚葉の3つの胚葉が分化し身体の全ての組織・器官が作られる)に一過性に発現する。その後胎生6.5日頃にBlimp1を発現する細胞において特異的に発現を再開する。Prdm14の極めて始原生殖細胞特異的な発現は(下図右)、この分子が生殖細胞の誕生に関与している可能性を強く示唆した。山路研修生らはPrdm14を欠損するマウスを作成し、それらをー解析したところ、Prdm14のホモノックアウトマウスは一見正常に成長するが不妊であり、オス、メス共に生殖細胞を完全に欠損することを見出した。
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マウス胎生7.0日におけるBlimp1(写真左)とPrdm14(写真右)の発現
Prdm14の発現(緑)が一部の細胞(生殖前駆細胞)にのみに限局しているのが分かる。
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前述の通り、生殖細胞の誕生には1)体細胞化の抑制、2)潜在的多能性の再獲得、3)エピジェネティックなゲノム修飾の再編成、の3つの過程が関与している。研究チームはPrdm14がこれらのうちどの過程に関与するのか解析を進めた。Prdm14を欠損した細胞でも体細胞マーカーであるHoxb1の発現が抑制されていたことから、Prdm14は体細胞化の抑制には必須ではないことが示唆された。一方、Prdm14を欠損すると多能性に関与するSox2の発現が始原生殖細胞において再獲得される効率が著しく下がることがわかった。さらに、始原生殖細胞ではゲノム修飾の再編成、つまりヒストンのメチル化修飾の劇的な変化が起こるが、Prdm14を欠損した細胞ではこのゲノム修飾の再編成が破綻することがわかった。これらの結果からPrdm14は3つの過程のうち2)潜在的多能性の再獲得、3)エピジェネティックなゲノム修飾の再編成に必須な因子であることが分かった。
更に研究チームは遺伝学的解析から、Prdm14の発現開始はBlimp1に依存せず、Blimp1同様Bmp4-Smadの経路により制御されることを明らかにした。即ち、Prdm14はBlimp1とともに生殖細胞形成の最初期過程にBmp4-Smad1シグナルによりその発現が誘導される因子であると考えられる。
斎藤チームリーダーは、「我々の研究により生殖系列の誕生はBlimp1及びPrdm14二つの転写制御因子により統合的に支配されていることが明らかになりました。今後はこの二つの因子の機能発現メカニズムの解析を行うことと、この二つの因子の発現誘導を指標として生殖細胞系列を試験管内で選択的に誘導する系を開発する予定です。こうした研究の積み重ねが、新しい生殖工学の開発や、生殖補助医療の発展に貢献すると期待しています。」と語る。今後この分野における基礎研究から応用研究までの発展が期待される。
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