ONとOFFだけでは語れない遺伝子発現 |
|
|
私たちが酸欠に陥らないのは、今こうしている間にも赤血球が体中に酸素を運んでくれているからだ。赤血球はヘモグロビンと呼ばれる分子によって酸素を運ぶが、このヘモグロビンは、αグロビン、βグロビン、そして酸素を結合するヘム鉄からなるタンパク質複合体だ。αグロビンおよびβグロビンにはそれぞれサブタイプがあり、発生の進行に合わせて異なる組合せでヘモグロビンを形成する。サブタイプの組合せは酸素親和性などに影響するため、生理的に重要な意味を持っている。ニワトリの場合、αグロビンにはπ、αD、αAの3つのサブタイプ、βグロビンにはρ、βH、βA、εの4つのサブタイプがある。また、ニワトリの血液形成には、発生の初期に胚体外中胚葉で起こり、一時的に胚に血液を供給する一次造血と、後に胚体内で始まり、生涯にわたって血液を供給する二次造血がある。
理研CDBのCantas Alev研究員(初期発生研究チーム、Guojun Shengチームリーダー)らは、ニワトリの赤血球形成をモデルにした研究で、これまで二次造血において発現すると考えられていたβグロビンA(βA)が、一次造血開始の時点で既に発現していることを明らかにした。このことから、βAの発現は厳密なON/OFFの制御下にあるわけではなく、相対的な存在量の変化によってサブタイプの変換が起きていることが示唆された。この研究は、幹細胞研究グループ(西川伸一グループディレクター)、質量分析サブユニット(中村輝サブユニットリーダー)、および先端医療振興財団との共同で行われ、Developmental Dynamics誌に3月20日付でオンライン先行発表された。
|
ニワトリのβグロビンには4つのサブタイプ(ρ、ε、βH、βA)があるが、トリプシンで処理するとそれぞれ異なるパターンで切断される。この性質を利用して、半定量的質量分析法により、βグロビンのタンパク質量をサブタイプごとに分析した。
|
一次造血ではρおよびεをもった赤血球が、二次造血ではβAをもった赤血球が生じるが、この対応関係がどこまで厳密なのか、また、一次造血から二次造血への移行がいつ起きるのかは良くわかっていない。そこで彼らは、近年用いられるようになった新たな実験技術を導入し、発生の進行に伴うβAの発現量の変化を詳しく解析することにした。
まず、発生2〜18日目のニワトリ胚から赤血球を採取し、半定量的質量分析法によってグロビンのタンパク質量をサブタイプごとに分析した。すると、これまでに報告されていたmRNAの発現パターンと同様に、発生5〜7日目にかけてβAのタンパク質量が急増し、これと反比例するようにρおよびεが減少していた。また、同時期に赤血球の形態も一次造血型から二次造血型に移行していた。ところが、彼らの解析によると、これまで発生4〜5日目に始まると考えられていたβAの発現が、発生2日目(Hamburger and Hamiltonの分類におけるステージ13;HH13)の時点で既にタンパク質レベルで発現していることが明らかとなった。これは一次造血による血流開始とほぼ同時期であった。
そこで、さらに若い胚の一次造血組織を摘出し、DNAマイクロアレイ法によってβグロビンの発現量をサブタイプごとに解析した。すると、βAの転写物はHH8の時点で有意に検出可能となり、HH9では明確に認められた。HH9におけるβAの発現量は、この時期に多く発現しているρの8%程度であり、発生2日目に検出されたタンパク質量とほぼ同等であると推測された。また、彼らが、in situハイブリダイゼーション法によってHH10〜11におけるβAの発現部位を解析したところ、胚体外中胚葉全体に渡って発現していることが確認された。
|
イントロン特異的in situハイブリダイゼーション法によって、βAの発現が一次造血性の赤血球で確認された。 |
これらの結果は、一次造血から二次造血への移行が発生5〜7日目に起こり、この間にβグロビンのサブタイプがρおよびεからβAに変換されるという、これまでの知見を支持していた。しかし今回、βAは一次造血開始の時点で低レベルながらも発現していることが示され、βグロビンのサブタイプの変換は厳密な発現制御によって起こるのではなく、相対的な発現量の変化によって起きていることが示唆された。Alev研究員は、「一次造血におけるβAの発現がどのような意味をもっているのか未だわかりません。同じ二次造血型のβHは、発生2〜3日目には全く検出できませんでした。どうしてこのような発現制御の違いがあるのか、今後明らかにしていきたいと思います」と語った。
|