独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年1月28日


生殖細胞形成における体細胞遺伝子発現抑制機構に新たな知見

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卵子や精子といった生殖細胞は次世代を形成できる唯一の細胞であり、生命の最も根源的な役割を担う細胞といえる。そのため、多細胞生物の発生過程において、生殖細胞は他の体細胞と明確に区別され、その性質を維持しなければならない。発生初期に周囲で行き交う体細胞分化誘導シグナルから身を守るために、多くの動物種の生殖細胞ではゲノム全体にわたって転写が一時的に抑制され、いわば無反応な状態が保たれている。mRNAの転写を担うRNAポリメラーゼⅡ(RNAPⅡ)は、C-terminal domainと呼ばれる繰り返し配列中の2番目のセリン残基 (CTD Ser2)にリン酸化を受けることでその活性を発揮するが、線虫とショウジョウバエの生殖細胞形成においては、このリン酸化が抑制されていることが知られている。しかし、このリン酸化の抑制がどのようにして実現しているのかは未解明のままだった。

理研CDBの羽生(中村)賀津子研究員および園部(野嶋)浩子テクニカルスタッフ(共に生殖系列研究チーム、中村輝チームリーダー)らは、ショウジョウバエをモデルにした研究で、Pgc(Polar granule component)と呼ばれるタンパク質が、生殖細胞形成における転写抑制に必須であることを明らかにした。Pgcは、RNAポリメラーゼⅡ CTD Ser2のリン酸化を抑制することで、ゲノム全体の転写を抑制しているという。この研究成果は、Nature誌の2008年1月号に掲載された。

Pgc(緑)を発現する極細胞ではRNAポリメラーゼⅡ CTD Ser2のリン酸化(赤)が抑制されている(左、wild-type)。一方で、Pgcを欠損する極細胞では、Ser2のリン酸化が抑制されていない(右、pgc-)。

多くの動物種において、生殖質と呼ばれる卵細胞内の特殊な領域が生殖細胞形成に重要な役割を果たしている。ショウジョウバエでは、生殖質を受け継いだ胚後端の数十個の細胞(極細胞)が将来生殖細胞に分化する。中村らは、この生殖質に含まれるタンパク質やRNAに注目し、生殖細胞形成に必須な因子の一つとしてpgc RNAを同定していた。

今回の研究は中村らの思いがけない発見から始まった。当初、pgc RNAはタンパク質をコードしないと考えられていたが、Drosophila属のゲノム比較をしたところ、実は属内で保存された小さなタンパク質をコードしている可能性が高いことを発見した。そこで、免疫染色によってPgcタンパク質の発現を調べると、初期の極細胞で強く発現し、発生が進むにつれて次第に消失していくことがわかった。

次に彼らがPgcの機能を欠損させた変異体を作成したところ、極細胞におけるCTD Ser2のリン酸化が抑制できず、これらの細胞は発生中期以降に消失してしまうことが示された。この表現型は正常なPgcを発現させることで回復した。さらに、Pgcを胚頭部の体細胞で異所的に発現させたところ、CTD Ser2のリン酸化が抑制され、頭部特異的な遺伝子の発現が低下することが示された。また、ショウジョウバエの培養細胞でも同様の実験をしたが、やはりPgcの発現とCTD Ser2のリン酸化は反対の関係にあることが示された。これらの結果は、Pgcが体細胞においても機能できることを示しており、PgcがRNAPII依存的な転写の基本因子の制御に関わっていることを強く示唆すると考えられた。

続いて、PgcがCTD Ser2のリン酸化を抑制するメカニズムを明らかにしようと、幾つかの実験を行なった。CTD Ser2のリン酸化を担う因子として、Cdk9とCycTからなるP-TEFb複合体が知られる。そこで彼らは、これらの分子とPgcとの相互作用を解析した。その結果、in vitroおよびin vivoにおいて、PgcはCdk9を介してP-TEFb複合体に結合していることが示された。また、P-TEFbを極細胞で過剰発現させると、Pgcの機能欠損と同様の表現型を示した。このことは、PgcがP-TEFbへの結合を介してCTD Ser2のリン酸化を抑制していることを示唆していた。一方で、Pgcの結合はCdk9の酵素活性を抑制しないことを示す結果もin vitroの実験で得られた。

そこで彼らは、正常な体細胞組織とPgcを発現させた組織におけるP-TEFbの局在を比較することにした。すると興味深いことに、Pgcを発現する細胞では、P-TEFbの転写活性部位への集積が大きく減少していた。この結果は、Pgcは、P-TEFbへの結合によってその酵素活性を阻害しているのではなく、プロモーター領域への局在を阻害することで転写を抑制している、新しいタイプのP-TEFb阻害因子であることを示していた。

線虫では、PIE-1と呼ばれる生殖質タンパク質がP-TEFbに結合し、転写抑制に機能している。羽生(中村)氏は、「P-TEFbの阻害が線虫とショウジョウバエの生殖細胞形成における共通メカニズムであることを示しています。ところが、線虫のPIE-1とショウジョウバエのPgcは配列上は全く似ていません。生殖細胞形成という必須の役割を担うにもかかわらず、それぞれのタンパク質が独自に進化しているのは非常に不思議です」、と話す。


掲載された論文 http://www.nature.com/nature/journal/v451/n7179/abs/nature06498.html
 
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