独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年5月30日


腸神経発生における新たな細胞死

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神経発生の過程では、多くの未熟な神経細胞がアポトーシスによって死んでいく。このような細胞死は正常な神経発生に必要であり、神経栄養因子と呼ばれる一連のシグナル因子によって制御されている。興味深いことに、腸神経系では発生過程で明らかなアポトーシスが認められず、腸神経細胞の生存が神経栄養因子などの細胞外シグナルに依存しているかどうかは明らかでなかった。一方、腸神経系の発生過程では、GDNFと呼ばれる神経栄養因子が、GFRα1/RETレセプター複合体を介して機能しており、これらのうち1つでも欠損するとほぼ腸管全長にわたり神経が形成されない。この強い表現型は、腸管神経がまだあまり生まれていない段階で現れるため、腸管神経が出来た後にGDNFシグナルがどのような機能を担っているのかは明らかでなかった。

理研CDBの上坂敏弘研究員(神経分化・再生研究チーム、榎本秀樹チームリーダー)らはマウスをモデルにした研究で、GFRα1を腸神経発生の後期に欠損させると、腸末端の神経細胞が広範囲にわたってアポトーシスとは異なる様式で死ぬことを明らかにした。腸神経節を欠損するなど、腸機能障害を引き起こすヒルシュプルング病と類似の表現型を示したという。この研究成果は、Development誌に5月16日付で発表された。「神経発生で通常みられるアポトーシスとは異なった新たな様式で細胞死が起こる、ヒルシュプルング病と似た異常を示すなど、今回の発見は興味深い点が多い」、と上坂研究員は話す。

発生中の腸末端においてGFRα1が神経細胞の生存に機能:GFRα1をノックアウトすると、通常見られる神経細胞のアポトーシス(左)とは異なる様式で、腸神経細胞が死んでいく(右)。

腸神経系発生の初期には、腸全体の神経前駆細胞でGFRα1の発現が見られるが、神経細胞への分化とともに次第にその発現は大腸に限定されていく。GDNFも同時期に同じ部位で強く発現することから、彼らは腸末端におけるGDNF経路の機能に的を絞ることにした。これまでの研究の多くは、非条件的ノックアウトを行っていたため、神経発生が初期の段階で阻害されてしまい、発生後期におけるGDNF経路の機能を解析できていなかった。そこで上坂らは、時期特異的にGFRα1をノックアウトできる実験系を確立し、研究を進めた。

まず、腸神経細胞におけるGFRα1の発現が大腸にほぼ限定される発生15.5日目にノックアウトしたところ、大腸下部における腸神経節がほぼ完全に失われた。一方、より早い時期にGFRα1をノックアウトすると、神経前駆細胞の増殖に異常が観察されるものの異常な細胞死は起こらなかった。これらの結果は、GFRα1が発生時期によって異なる機能を持つことを示唆していた。

発生15.5日目の欠損では、神経細胞が急速に細胞死を起こしていたが、興味深いことに、カスパーゼの活性化やDNAの断片化といったアポトーシスの特徴は見られなかった。アポトーシスに特有の核の形態変化やオートファジー(自己貪食)といった現象もみられなかった。さらに、GDNFを除去して誘導される腸管神経細胞死の実験系で、アポトーシスを誘導するカスパーゼやBaxの阻害実験も行ったが、細胞死が抑制されないことから、GDNFシグナル除去による腸管細胞死にはアポトーシスとは別の経路が働いていることが強く示唆された。

今回の研究は、GDNF経路が腸神経細胞の生存シグナルとして機能することを明らかにすると共に、これまで知られていなかった新たな細胞死の経路がある可能性を発見した。この細胞死は、腸神経以外の発生や神経病理にも関わっている可能性がある。榎本チームリーダーは、「ヒルシュプルング病では多くの場合RETに変異が起きていることからGDNF経路との関係が示唆される。今回の研究は、その病理解明に貢献できるかも知れない」と話す。「今回発見した新たな細胞死がヒトでも見られるのか、また、どのようなメカニズムで起きているのか、今後も研究を進めたい」。




掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/134/11/2171

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