ES細胞の倫理問題、解決への糸口か?
−受精能のないマウス卵子からクローンES細胞を樹立− |
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初期胚から得られるES細胞は、増殖能力が高く、多様な細胞に分化できる能力を備えているため、創薬研究や再生医療への応用が強く期待されている。ES細胞から神経細胞やインシュリン産生細胞といった有用な細胞を試験管内でつくり出し、薬効試験や移植医療に利用しようという試みだ。未受精卵への核移植によって患者と同じ遺伝子構成のクローン胚を作成し、そこからES細胞を樹立すれば、免疫拒絶のない移植医療も可能になると考えられる。夢の細胞とも呼ばれるES細胞だが、その樹立には大量の健康な卵子が必要であること、初期胚とはいえ将来一個体に成り得る胚を壊す必要があることから、根本的な倫理問題を抱えてきた。
理研CDBの若山清香研究員(ゲノム・リプログラミング研究チーム、若山照彦チームリーダー)らは、マウスをモデルにした研究で、体外受精の際に受精しなかった卵子に体細胞核を移植し、得られたクローン胚からES細胞を樹立することに成功した。体外受精は不妊治療の現場で一般的に行われているが、一度受精できなかった卵子は時間経過により受精能が大きく低下し、さらに染色体異常を頻発するなどの理由から廃棄されている。仮に今回の方法がヒトに応用できれば、健康で新鮮な卵子の代わりに、廃棄予定の卵子を利用してES細胞を樹立できることになる。また、この方法で作成されたクローン胚は、産子にまでは発生できないことも確認され、一個体になり得る胚を壊すという倫理問題には当たらない可能性がある。この研究は、Current Biology誌に2月20日付で発表された。
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4倍体胚にGFPを発現するクローンES細胞を注入し、発生を続けさせた。キメラ胚の全身がクローンES細胞由来であることが分かる。胎盤は4倍体細胞に由来しているため蛍光を発していない。この結果、受精しなかった卵子を用いてつくられたクローンES細胞が、受精卵由来ES細胞と同等の多分化能をもつことが確かめられた。 |
若山らはまず、新鮮な卵子と体外受精で受精しなかった卵子に核移植を行い、その後の発生成功率を比較した。すると、受精しなかった卵子を用いた場合、核移植後の生存率が低下し、桑実胚期、胚盤胞期のいずれにおいても、発生停止胚の割合が高かった。しかし、胚盤胞まで成長したクローン胚からは、比較的高確率でクローンES細胞が樹立され、最終的なES細胞の樹立成功率は新鮮卵子を用いた場合と変わらなかった。また、受精しなかった卵子を24時間室温で保管した場合でも、クローンES細胞を樹立できることが分かった。従来の方法では、受精能のない卵子を用いると全く発生しなかったが、昨年若山らは、クローンマウス作成の成功率を大きく改善する手法を開発しており、今回その手法を利用することで、初めてクローンES細胞の樹立に成功した。また、これらのクローンES細胞には染色体異常も起きていないことが確認された。
続いて若山らは、受精能のない卵子を用いて樹立したクローンES細胞が、本当にES細胞としての性質を備えているのかを検証した。まず、ES細胞マーカーの発現を調べたところ、Oct3/4およびNanogを共に発現しており、また、未分化であることを示すアルカリフォスファターゼ染色も陽性だった。さらに、染色体を倍化させた4倍体胚にクローンES細胞を注入し、代理母の子宮で胚発生を続けさせたところ、注入したクローンES細胞が生殖細胞と全種類の体細胞に分化していることが分かった。これらの結果から、受精能のない卵子に由来するクローンES細胞が、通常の受精に由来するES細胞と同等の能力をもっていることが明らかとなった。また彼らは、受精能のない卵子に由来するクローン胚は、ES細胞の樹立には有用だが、子宮に戻しても産子にまでには生育しないことも示している。
これまでにも、倫理問題を回避したES細胞をつくろうとする試みは数多く行われてきた。例えば、異種動物の卵子を利用したり、遺伝子導入による体細胞のES細胞化などが挙げられる。しかし、新鮮で健康な卵子を大量に用いる問題、個体になり得る胚を壊す問題、そしてクローン個体が生まれる問題の全てに解決の糸口を示し、かつ得られた細胞が従来のES細胞と同等の能力をもつことが示されたのは今回が初めてである。培養や分化誘導の技術が進む一方で、倫理問題が大きな課題になっているヒトES細胞の利用に、マウスの研究が大きな道筋を拓いたと言える。
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