哺乳類の受精と初期発生におけるRNA干渉 |
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RNA 干渉(RNAi、RNA interference)とは、RNAによって配列特異的にmRNAが分解あるいはタンパク質への翻訳が阻害され、最終的に遺伝子発現が抑制される現象である。近年ではこの現象を利用して、短い2本鎖RNA(siRNA、small interference RNA)を細胞や胚に導入し、任意の遺伝子をノックダウンする実験手法も発達してきた。また最近同定されたmicro-RNA(miRNA)は、遺伝子発現を調節する機能をもった細胞性のRNAで、細胞の増殖や分化、発生現象に重要な役割を果たすと考えられている。
理研CDBの天内真奈美(哺乳類胚発生研究チーム、Tony Perryチームリーダー)らは、哺乳類のRNA干渉に関する2つの論文を発表した。マウス成熟卵へのsiRNAの注入が遺伝子発現抑制に有効であることや、精子由来のmiRNAが初期発生に寄与していないことなどを明らかにしている。これらの論文は12月1日発行のBiology of Reproduction誌に掲載された(8月30日付けでオンライン先行発表済み)。
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マウス桑実胚の位相差顕微鏡像(左)および蛍光顕微鏡像(右)。核除去した成熟卵子にGFPを発現する卵丘細胞核を移植した。核移植の際にGFPに対するsiRNAを共にインジェクションすると、コントロール(上)と比較してGFPの顕著な発現抑制が見られた(下)。 |
一つ目の論文では、siRNAと精子を共にマウス成熟卵へインジェクションする方法を用いて、マウスの初期胚で特定の遺伝子発現を抑制する実験を報告している。siRNAによる遺伝子ノックダウンは哺乳類を含む多くの生物種で効果を示し、分子生物学研究に欠かせないツールとなっている。しかし、受精可能で成熟したマウス卵子における効果はこれまで詳しく検証されてこなかった。彼らは今回、siRNAのマウス成熟卵へのインジェクションによって複数のターゲット遺伝子を同時に抑制できることや、siRNAを精子と共にインジェクションした場合にも発現抑制が起こり、その効果は胚盤胞期まで持続することなどを明らかにした。また、核移植の際にドナー核と一緒にsiRNAをインジェクションした場合も発現抑制は起こり、その効果は内在性のターゲットにも外来遺伝子にも有効であることがわかった。
そこで彼らは、Cdc20、Emi1、Emi2といった細胞周期調節因子をターゲットにsiRNAによる解析を進めた。Emi2やEmi1は受精前の卵が分裂しないように停止させておくのに必要とされる因子であるが、これらに対するsiRNAを精子と一緒にインジェクションしても発生は正常に開始する。これに対し、Cdc20を同じ方法で発現抑制すると、第1卵割が正常に起こらないことからCdc20が卵割に重要であることが示された。
Perryチームリーダーは、「ターゲット遺伝子によってsiRNAの効果は異なるが、今回の実験で示したように哺乳類の初期発生の細胞周期調節因子をターゲットとした研究では、本法はその簡便性と特異性から効果的で汎用性の高い手法になり得ると思う」と話す。
もう一つの論文では、精子由来のmiRNAが受精とそれに続く初期発生に顕著な役割を持たないことを示した。第2減数分裂中期(mⅡ)で一時停止した哺乳類の卵子は、受精によって細胞周期を再開し、卵子としての形質を失うと同時に胚としての特徴を獲得していく。発生の開始に伴うこのような変化は迅速におこる。「そこで私たちは、精子によって持ち込まれたmiRNAが、母性mRNAの分解、または翻訳抑制に働いているのではないかと考えました」とPerryチームリーダーは話す。彼らはこの仮説を検証するために、精子頭部で発現するRNAを解析した。その結果、卵子に進入する精子頭部にはmiRNAが存在し、それに対応するmRNAが卵子内に発現していることが明らかとなった。しかし、精子頭部のmiRNAは、卵子内のmiRNAと比較して微量であり、受精によって大きな量的変化をもたらすものではなかった。また、精子由来のmiRNAを阻害しても発生は正常に開始することから、その機能はあったとしても初期発生に寄与するものではないことが示唆された。
またこの研究では、核移植による卵子内のmiRNAプロファイルへの影響も調べた。その結果、核除去の際には卵子内のmiRNA量に変化が見られないのに対し、ドナー核の移植に伴って一部のmiRNA量が変化することが明らかになった。「このことは核移植後の胚発生率が極めて低いことと関連している可能性を示している」とPerryチームリーダーはコメントする。
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