DNAのメチル化がホメオボックス遺伝子の発現を制御する |
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理研CDBの小田昌朗研究員(哺乳類エピジェネティクス研究チーム、岡野正樹チームリーダー)らは、DNAメチル化酵素であるDnmt3aおよびDnmt3bが、Rhoxクラスターにおける遺伝子発現を細胞系列特異的に抑制していることを明らかにした。着床後のマウス胚において、Rhoxクラスターを含む広範囲のDNA領域がDnmt3によってメチル化されるという。この研究は、Novartis Institute for Biomedical Research(米)との共同で行われ、Genes & Development誌に12月15日付でオンライン先行発表された。
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栄養外胚葉特異的な発現を示すホメオボックス遺伝子Rhox6 |
DNAのメチル化はクロマチン構造変化や転写制御因子のDNA結合阻害をもたらし、その領域に含まれる遺伝子の発現を抑制することが知られる。このような発現コントロールは、発生に伴う細胞系列特異的な発現プロファイルの確立・維持に重要な役割を果たすと考えられている。哺乳類ゲノムのDNAメチル化レベルは、受精直後から胚盤胞期にかけて大幅に低下し、その後着床から原腸胚期にかけて新たなメチル化パターンが確立される。哺乳類では3つのDNAメチル化酵素、Dnmt1、Dnmt3a、Dnmt3bの活性が確認されているが、Dnmt1は既に確立されたメチル化パターンをDNA複製に伴って維持する機能を持つのに対し、Dnmt3aとDnmt3bはゲノムDNAに新たなメチル化を導入する活性をもつ。しかし、そのターゲットとなるゲノム領域や遺伝子、細胞系列特異的なメチル化パターンが確立されるメカニズムについては未解明な点が多い。
小田研究員らは、Dnmt3のメチル化ターゲットとしてRhox遺伝子クラスターに注目して研究を進めてきた。Rhox遺伝子群は近年新たに発見されたHox遺伝子で、X染色体上にクラスターを形成し、生殖関連組織で発現することが知られている。Rhoxは着床後のマウス胚において、胎盤を形成する栄養外胚葉のみで発現し、内部細胞塊・エピブラスト細胞系列に由来する胚体では発現しない。そこで彼らは、着床後の9.5日胚におけるRhoxの発現パターンとDNAメチル化との関連を調べた。すると予測どおり、Rhoxのメチル化は栄養外胚葉では見られず、発現が抑制された胚のみで起きていた。また、発生時期との関連についても調べると、着床前の胚ではRhoxのメチル化が起きていなかった。これらの結果から、Rhox遺伝子の発現は、DNAのメチル化によって細胞系列特異的、発生時期特異的に制御されていることが明らかとなった。
次に、Dnmt3aおよびDnmt3bをノックアウトしたマウス胚におけるRhox遺伝子のメチル化を検証した。その結果、どちらか一方のノックアウトではメチル化が維持されるものの、ダブルノックアウトではメチル化がほぼ完全に失われ、発現抑制も解除されていることが分かった。また、ダブルノックアウトでは、Rhox以外にも幾つかの栄養外胚葉マーカーの発現抑制が解除されていた。続いてRhoxクラスターに隣接する遺伝子についても調べると、Dnmt3によるメチル化と発現抑制は、1メガベースにもおよぶ領域で起きていた。しかし、この領域の外では発現抑制が起きていないことから厳密な境界があるらしいことも分かった。
彼らは、内部細胞塊・エピブラスト細胞のモデルとしてES細胞を用いた解析も進めたが、胚と同様、Rhoxクラスターを含む1メガベースのDNA領域がDnmt3によってメチル化されていることが確認された。また、この領域のメチル化の確立と維持には、Dnmt3に加えてDnmt1が必要であることが示された。
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Dnmt3a/3bによってICM・エピブラスト系列特異的な転写抑制をうけるRhoxクラスター領域の模式図 |
今回の研究は、Dnmt3aおよびDnmt3bが、Rhoxクラスターの遺伝子発現を細胞系列特異的に抑制していることを明らかにした。DNAメチル化による遺伝子発現制御が、脊椎動物の胚発生に重要な役割を果たすことを改めて示したと言える。岡野チームリーダーは、「生殖細胞や初期胚における大規模なクロマチン構造変化は、細胞の分化能獲得あるいは喪失と密接な関係があると考えられている。Rhoxクラスターは、これまで困難であった初期胚発生におけるクロマチン制御の分子機構解析の良いモデル系となるだろう」と話している。
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