独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年10月19日


母性因子が父性クロマチンを再編成する

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理研CDBの吉田真子研究員(哺乳類胚発生研究チーム、Tony Perryチームリーダー)らは、第2減数分裂中期(mII)の卵子が、精子由来クロマチンの修飾状態を再編成する能力をもつことを明らかにした。mII卵子の細胞質は、母性クロマチンと父性クロマチンを識別し、それぞれに異なった修飾の再編成を行うという。この研究成果は、Developmental Biology誌に発表される(8月9日付けでオンライン先行発表済)。

mII卵子に不活性化した精子頭部と卵丘細胞核を注入し、クロマチン修飾の動態を蛍光観察した。12番目のリシンにアセチル化を受けたヒストンH4(赤、上段)、αチューブリン(緑、中段)、ゲノムDNA(青、下段)。2つのカラムはそれぞれ同一の卵子で、注入後の時間を上部に示してある。矢頭は精子由来のゲノムを示す。注入40分後、ヒストンH4のアセチル化は、精子核および卵丘細胞核の両方で高度に起きているが、その後、卵丘細胞核のみにおいて顕著な脱アセチル化が起こる。

DNAやヒストンに対する化学修飾は、クロマチン構造に大きな影響を与え、遺伝子発現を広範囲に制御することが知られる。例えば哺乳類の場合、受精直後に起こるクロマチンの再編成が、受精卵に一個体を形成する「全能性」を付与していると考えられている。この際、精子由来のクロマチンは大規模に再編成されるが、これが母性因子によって行われるのか、もしくは受精後に合成されたタンパク質によって行われるのかは明らかでなかった。

卵子は受精によってmII期で停止していた減数分裂を再開し、同時に胚発生を開始する。吉田らは、受精しても減数分裂が再開しないように精子を操作し、父性クロマチンを再編成する能力が卵子に備わっているのか、それとも受精後に獲得されるのかを調べることにした。

まず、mII期で停止したままの卵子内における父性クロマチンの動態を調べたところ、いったん脱凝集し、再び凝集していることが分かった。これは、減数分裂の再開とは無関係に、父性クロマチンが母性ヒストンを取り込んでいることを示している。さらに興味深いことに、mII卵子の細胞質は母性クロマチンと父性クロマチンに異なる修飾を施していることが分かった。例えば、母性クロマチンのヒストンH3は高度にメチル化されているのに対し、父性のそれに対するメチル化の程度は低かった。また、父性DNAのシトシン残基は脱メチル化を受けていたが、精子を煮沸処理しても同じ結果が得られることから、母性の脱メチル化酵素が機能していると考えられた。この結果は、これまでの知見と相反するものであり、Perryチームリーダーは、「精子由来のタンパク質が父性クロマチンのメチル化に関与するというこれまでの知見は、Hineininterpretierung(勘違い)でしかなかった」とコメントする。

続いて、ヒストンのアセチル化(一般的に遺伝子発現の活性化を誘導する)について解析を行った。するとmII卵子において、父性クロマチンのみが、12番目のリシンにアセチル化を受けたヒストンH4を取り込んでいることが分かり、これは微小管の重合や母性クロマチンの存在とは無関係に起きていた。父性クロマチンのアセチル化は、通常の成熟に伴う脱アセチル化を受けず、またシトシン残基のメチル化にも依存していなかった。一方、体細胞核をmII卵子に注入すると、ヒストンH4は急速に脱アセチル化された。1つのmII卵子に精子と体細胞核を同時に注入した場合も、ヒストンH4のアセチル化の動態が両者のクロマチン間で異なることが分かった。つまり、mII卵子は2つのクロマチンを識別し、それぞれに異なる修飾を付与していたのだ。

しかし、mII卵子はどのようにしてクロマチンの由来を識別しているのだろうか。また、異なる修飾を与えることにどのような意味があるのだろうか。彼らの実験は、体細胞核ヒストンを脱アセチル化したうえでmII卵子に注入すると、先の実験とは逆に、ヒストンがアセチル化されることを示している。すなわち、mII卵子はヒストンの脱アセチル化活性に加え、アセチル化活性を併せ持っているのだ。彼らはこれらの結果から、哺乳類の卵子はクロマチンの種類に応じてアセチル化の状態を最適化する能力をもつと考えている。しかし一方で、母性クロマチンと父性クロマチンのヒストンH4を過剰にアセチル化しても正常な胚発生が起こることから、これらのクロマチン間における非対称なアセチル化の意義は依然として明らかでない。

今回の彼らの研究は、受精直後におけるクロマチン再編成の様子を詳細に描き出し、全能性の獲得という極めて重要な現象の一端を明らかにしている。また、彼らが開発した手法は、クロマチン再編成の新生経路、さらに言えばゲノムリプログラミングのメカニズムを研究する強力なツールとなるだろう。



掲載された論文 http://dx.doi.org/10.1016/j.ydbio.2006.08.006

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