独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年08月28日


細胞極性を確立する新たなパスウェイ

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細胞が分裂する際に、細胞内の構造も細胞外からのシグナル入力も全く均等であれば、多様な細胞が生まれる余地はない。そこで用意されたメカニズムが非対称細胞分裂だ。非対称分裂では、細胞内の構造や運命決定因子などが不均一に分布し、分裂の結果、異なる性質をもった2つの細胞が生じる。細胞のもつこのような方向性を極性と呼ぶ。

線虫C.elegansの場合、1細胞期の時点で既に極性が確立しており、卵割によって生じた2つの割球はそれぞれ異なる細胞運命を辿る。卵子の極性は精子の侵入位置によって決められ、PARと呼ばれる一連のタンパク質が細胞表層に局在することで確立される。PAR-3およびPAR-6は、PKC-3と共に前側の表層に局在し、PAR-2は後側の表層に局在するといった具合だ。これらの分子の局在化にはアクチン-ミオシン系細胞骨格が必要であることが知られるが、それぞれがどの様にして正しく目的地に運ばれるのかは分かっていない。

発生ゲノミクス研究チーム(杉本亜砂子チームリーダー)の茂木文夫研究員らは、線虫の受精卵でPARタンパク質複合体が非対称に局在し、細胞極性を確立するメカニズムを明らかにした。低分子量GTPaseであるRHO-1およびCDC-42と、RHO-1の活性化因子と考えられるECT-2/RhoGEFが2つのステップで働き、受精卵の極性確立に働くという。この研究成果は、Nature Cell Biology誌に8月20日付けでオンライン先行発表された。

ECT-2/RhoGEFが後側表層から消失し、線虫1細胞期胚の前後軸が確立される(左が前側、時系列は左から右に進行)。ECT-2はGFPによって定量的に可視化し、高発現の領域を赤、低発現の領域を青で示している。

前述のようにPARの細胞内輸送にはアクチン骨格が関与していることから、茂木らはアクチン骨格の調節に働くRhoファミリーGTPaseと極性確立との関連を調べてきた。まず、RhoファミリーGTPaseであるRHO-1とCDC-42、RHO-1の活性化因子と考えられるECT-2(GEFの一種)の機能欠損を行った。RNAi法によってこれらの発現を抑制すると、その程度は異なるものの全ての場合において、紡錘体後極の後方への移動が抑制された。また興味深いことに、cdc-42遺伝子をノックダウンしても細胞極性は一過的に確立されるが、ect-2およびrho-1をノックダウンした場合はこの極性が失われることが分かった。

そこで彼らは、PARやアクチン細胞骨格の動きを蛍光標識によって追跡する方法を開発し、これら3つの因子とPARの局在との関係を調べた。すると、極性の確立は2つのステップによって行われ、ステップ1ではアクチン細胞骨格を構成する分子が細胞前側の表層に移動し、ステップ2ではこの表層構造が再編成されることが分かった。さらに、ect-2またはrho-1をノックダウンするとPAR-6の前方への局在が抑制されるのに対し、cdc-42をノックダウンした場合はPAR-6の局在は正常に起こるが、ステップ2に入るとこの極性が消失することが明らかとなった。これら3つのタンパク質の欠損はアクチン骨格についても同様の影響を示すことから、RHO-1とECT-2はステップ1で極性の確立に働き、CDC-42はステップ2で極性の維持に機能していると茂木らは予測している。

3つの分子の動態をさらに詳細に解析すると、1)ECT-2は、始めは細胞表層に均等に分布しているが、中心体からのシグナルに反応して後側の表層から消失すること、2)ECT-2の前側での蓄積がRHO-1の前側への局在を誘導すること、3)ECT-2とRHO-1の局在変化がアクチンの前側への移動を促すこと、4)これによりCDC-42も前側に局在し、アクチン骨格の再編成を介して極性の維持を行うこと、などを示す結果が得られた。

杉本チームリーダーは、「この研究は、線虫における極性確立、つまり細胞の前後軸確立の最初期を司るメカニズムの一端を説明している。RhoやCdc42が他の生物においても同様のメカニズムで極性確立に働いているのか、非常に興味深い」と語る。



掲載された論文 http://www.nature.com/ncb/journal/v8/n9/abs/ncb1459.html

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


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