独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年07月25日


ホヤの生殖細胞形成に新たな知見
〜非対称分裂によりvasaを継承した細胞が生殖細胞に分化する〜

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動物の体をつくる全ての細胞は体細胞または生殖細胞に分類される。体細胞は体そのものを構成するあらゆる細胞であるのに対し、生殖細胞は次世代に遺伝情報を継承し、新たな個体をつくることが許された唯一の細胞である。この特別な役割を担った生殖細胞が発生の過程でどの様に生じてくるのか。この根本的な問題は長年の間、科学者の興味を駆り立ててきた。

ショウジョウバエや線虫の卵には生殖質とよばれる特定の母性因子を高濃度に含む細胞質が存在し、この細胞質を取り込んだ細胞が生殖細胞となる。生殖質には生殖顆粒と呼ばれる顆粒構造が見られる。また、生殖細胞は核辺縁にnuageとよばれる特徴的な顆粒構造を形成することも知られている。生殖質や生殖顆粒、nuageが生殖細胞の分化に中心的な役割を担っていることはこれまでの研究から明らかだが、それらの具体的な機能は良く分かっていない。

理研CDBの白江-倉林麻貴研究員(生殖系列研究チーム、中村輝チームリーダー)らは、ホヤの一種Ciona intestinalisを題材にした研究で、CiVH(ショウジョウバエvasaの相同体)と呼ばれる母性因子を受け継いだ割球が生殖細胞に分化することを明らかにした。甲南大学、福山大学との共同研究で、Development誌に6月22日付でオンライン先行発表された。

Ciona intestinalis胚におけるCiVHの局在: postplasmに蓄積されたCiVHは、卵割期終期に後端割球B7.6細胞に取り込まれる。その後原腸胚期に一部がpostplasmからB7.6細胞の細胞質内へと拡散し、B7.6細胞の非対称分裂に伴い胚後方の前後2カ所に分離する。

ホヤは胚後極に、postplasmと呼ばれる生殖質に相当する細胞質領域をもつ。postplasmは、生殖質と同じように、高濃度の母性RNAやタンパク質を含むことが知られている。また、この領域には、CAB(centrosome-attracting body)と呼ばれる細胞内構造が存在し、生殖顆粒に似た顆粒物が局在している。ホヤのpostplasmには、CiVH遺伝子のRNAやタンパク質が母性因子として含まれている。CiVHは、ショウジョウバエの生殖系列細胞で特異的に発現し、その運命決定に決定的な役割を果たすvasaの相同遺伝子だ。Vasa遺伝子は無脊椎動物および脊椎動物において広く保存されている。ホヤにおいてもCiVHを発現する細胞は、始原生殖巣に取り込まれ、生殖細胞へと分化していく。これらのことから、ホヤのpostplasmは他の生物種における生殖質に相当する機能をもつと考えられている。また、卵割期終期にpostplasmを含むB7.6と呼ばれる後極端の割球が、その後細胞分裂を経ずに維持され、変態後始原生殖細胞になると予想されていた。

一方で、ホヤ卵はモザイク卵として知られ、発生初期である卵割期の間に体細胞系列の発生運命が決定すると考えられている。postplasmに局在する因子のいくつかは、非対称細胞分裂の誘導や体細胞分化の調節に関わり、この卵割期の体細胞運命決定に貢献している。例えば、PEM(posterior end mark)遺伝子のRNAやCAB構造は細胞の分裂面制御や、非対称分裂に関与している。このような因子がpostplasmに局在することは、体細胞分化に働く遺伝子が生殖細胞分化にも関与している、という興味深い可能性を示している。


白江らは今回、B7.6細胞が原腸胚期に非対称分裂を行い、2つの娘細胞B8.11とB8.12を生じることを明らかにした。さらにこの分裂の際に、PEM RNAなどいくつかの非対称分裂や体細胞分化に関与すると予想されたpostplasm因子が、B8.11細胞のみに継承されることを示した。postplasmの構成因子の多くはCABと相互作用しているため、CAB構造もまたB8.11細胞のみに受け継がれることが予想された。また、分裂後B8.11細胞ではCiVHタンパク質の発現が低下し、細胞は腸へと取り込まれていくことが分かった。従ってB8.11細胞に引き継がれるCABやpostplasm因子はB7.6分裂後の生殖細胞の分化には関与しないことが示唆された。

一方でCiVHのRNAやタンパク質は、他のpostplasm因子と異なり、B7.6割球が分裂する直前にCABから細胞質へと移行し、結果としてB8.12細胞へも受け継がれていた。B8.12細胞ではCiVHの発現がタンパク質レベルで上昇し、核周辺にはnuageに類似した顆粒の形成が見られた。B8.12細胞はさらに分裂して発生中の生殖巣に取り込まれ、生殖細胞に分化することも確認された。これらの結果は、B7.6の娘細胞であるB8.12細胞が始原生殖細胞であり、nuage様の構造はB7.6細胞の分裂直後という、これまで考えられていたよりもかなり早い時期に形成されることを示唆している。

これまでは、卵割期に体細胞分化に役割を果たしたpostplasm因子やCAB構造は、その後の生殖細胞分化にも貢献すると思われていた。しかし、白江らの研究結果は、別の新しい可能性を示している。つまり、卵割期の postplasmでは、非対称分裂や体細胞分化に関与する因子が活性状態である一方、生殖細胞分化の為の母性因子は不活性の状態でストックされているというものである。生殖細胞分化関連因子は、体細胞系列の発生運命決定が終了した後、原腸胚期にB7.6細胞の細胞質中に移行することで活性化するのかもしれない。一方で役目を終えた体細胞分化関連因子は、CAB構造と共に、B7.6細胞の非対称分裂により生殖系列から排除されるのかもしれない。

生殖細胞特異的に発現する遺伝子は、動物種を超えてよく似ていることが指摘されている。一方で、生殖細胞の形成機構は動物種間で異なる。例えば、上に述べたようにショウジョウバエ、線虫には生殖質が存在するが、哺乳類の生殖細胞は外部からのシグナル分子の作用によって形成される。白江研究員は「今回の論文では、正常発生において、ホヤの生殖細胞が生殖質因子によって形成されていることを明確にした。しかし一方で、ホヤでは、生殖質によって生じた生殖系列細胞を幼生期に除去しても、後生的に生殖細胞が再生される事が分かっている。つまり、ホヤには2つの生殖細胞機構が共存していると考えられ、今後は、それらがどのようにして確立していったかについても明らかにしていきたい」とコメントする。


掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/short/133/14/2683

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