非対称分裂に伴う細胞運命決定のメカニズム
−WntシグナルとHoxが転写因子PSA-3を制御− |
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細胞の多様性を生み出すメカニズムの一つに非対称細胞分裂がある。2つの同じ娘細胞を生じる通常の分裂と異なり、非対称分裂によって生じた娘細胞はそれぞれ異なる細胞運命を辿る。これは、母細胞内において運命決定因子などが不均等に局在し、結果として一方の娘細胞のみに受け継がれることによる。このような母細胞の非対称性は、細胞外からの非対称なシグナル入力などによって確立される。線虫C.elegansでは、Wntシグナルが細胞に非対称性を与えていることが知られるが、細胞の置かれた位置や発生の時期に応じて娘細胞の具体的な運命がどの様に選択されるのか、という疑問は未解決のままだ。
細胞運命研究チーム(澤斉チームリーダー)の荒田幸信研究員らは、Wntシグナルと位置情報が新規の因子PSA-3を制御することで、非対称分裂に伴う位置特異的な細胞運命決定が行われるメカニズムを明らかにした。「娘細胞の非対称性をつくり出す一般的なメカニズムに位置情報が加わることで、胚のそれぞれの部位に異なる細胞が生じる仕組みが明確に示せた」と荒田研究員は語る。
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線虫の尾部におけるpsa-3遺伝子の非対称な発現。T細胞の非対称分裂によって生じた娘細胞のうち尾側の細胞のみでpsa-3の発現が見られる。 psa-3はその後の分裂においても発現を続け、娘細胞の運命決定に関与する。(左)微分干渉顕微鏡像、(右)GFPによるPSA-3の蛍光標識。 |
同チームは最近の研究で、幼虫および成体の線虫において、Wntシグナルの下流で働くPOP-1が細胞の非対称性を生み出すメカニズムを明らかにしていた。これは非対称分裂を行う多くの細胞に共通のメカニズムであることが分かり、細胞ごとに異なる具体的な運命決定は別の因子が担っていると予想された。そこで荒田研究員らは、線虫の尾部にみられるT細胞に注目して、運命決定メカニズムの解明を目指して研究を進めてきた。T細胞は通常、非対称分裂によって、皮下組織の細胞になる頭側の娘細胞と、神経系細胞になる尾側の娘細胞を生じる。彼らは、この非対称分裂に伴う運命決定に異常を生じる変異体を探索し、psa-3、ceh-20、nob-1と呼ばれる3つの遺伝子を見出した。これらの変異体では、T細胞から神経系の娘細胞が生じなかった。このうちnob-1とceh-20はそれぞれ、位置情報を担うことが知られるHoxとPbxの相同遺伝子であったが、psa-3は線虫の遺伝子データベースに登録されたばかりの新規の遺伝子であることが分かった。psa-3の塩基配列を詳しく調べると、Meisファミリーと呼ばれる転写因子と類似の配列をもち、さらに、POP-1結合配列をもつことが明らかになった。T細胞におけるPSA-3分子の発現を蛍光標識によって追跡すると、非対称分裂によって生じた尾側の娘細胞で徐々に増加することが分かった。この発現増加はPOP-1結合配列に変異を入れると抑制されることから、尾側娘細胞におけるpsa-3の発現増加は、Wnt経路依存的に起きていることが示唆された。
上述のようにPOP-1を介したWntの経路は広く一般的に非対称分裂に機能しているため、psa-3の発現がどの様にして尾側娘細胞のみに限定されているのか、という疑問が残った。そこで彼らは、nob-1およびceh-20との関係についても解析を進め、これらの遺伝子に変異を入れた場合も、尾側娘細胞におけるpsa-3の発現が減少することを明らかにした。続いて、psa-3の3番目のイントロンにNOB-1結合配列が存在し、またこの結合がCEH-20によって促進されることも示された。これは、尾側を指定することで知られるHoxに相同なNOB-1が、尾側娘細胞のみで選択的にpsa-3を発現させていることを強く示唆していた。また興味深いことに、PSA-3はCEH-20を核内に移行させる機能をもつことから、psa-3とceh-20の間に正のフィードバックループが成立していることが分かった。また温度感受性プロモーターを用いて、PSA-3をT細胞の分裂後に発現させる実験から、PSA-3とNOB-1、CEH-20がT細胞の非対称分裂に伴う尾側娘細胞の運命決定に共同で働いていることが裏付けられた。
「発生過程をみると、同様のメカニズムが非対称細胞分裂に繰り返し使われている。これは線虫に限ったことではなく、他の高等動物においても言えるようです」と澤チームリーダーは話す。「他の生物においても非対称分裂に伴う細胞運命決定にHox遺伝子が働いているのか、非常に興味のあるところです」。
この研究は、科学技術振興機構(JST)のCRESTおよびPRESTOプログラムの助成を受けて慶応大学、大阪大学、およびカンザス州立大学(米)との共同で行われ、Developmental Cell誌の7月号に掲載された。
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