リボヌクレアーゼEri1がヘテロクロマチン構造の形成を負に制御
RNAiによる遺伝子サイレンシングに新たな知見 |
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ヘテロクロマチンとは、高度に凝集した核内のクロマチン構造であり、この領域では転写因子などがDNAにアクセスできないため、遺伝子の発現が強く抑制されている。ヘテロクロマチン構造は、酵母からヒトにいたるまで多くの生物種で観察され、エピジェネティックな遺伝情報伝達や、細胞分化に伴う遺伝子発現の調節などに深く関わっている。一方、RNAi(RNA interference, RNA干渉)と呼ばれる現象は、siRNA(small interference RNA)と呼ばれる二本鎖RNAによって相補的なRNAが分解される細胞内メカニズムである。近年、このRNAi機構が核内のヘテロクロマチン構造の形成にも関与していることが報告されているが、その仕組みの詳細には不明な点が数多く残されている。
今回、中山潤一チームリーダーが率いるクロマチン動態研究チームの飯田哲史研究員らは、分裂酵母のEri1と呼ばれるリボヌクレアーゼが、ヘテロクロマチン領域に由来するsiRNAを分解することで、ヘテロクロマチンの形成を負に制御していることを明らかにした。これまでEri1の相同因子がRNAi機構を負に制御することは示されていたが、核内のヘテロクロマチン構造をも制御しうると言う知見は初めての報告であり、ヒトを含むほかの生物においても同様のメカニズムが働いている可能性があるという。なお、この研究は、文部科学省の特定領域研究、日本学術振興会の若手研究の助成を受けて行われ、6月22日付けでCurrent Biology誌にオンライン先行発表された。
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分裂酵母内で発現するEri1(左)。Eri1の構造と二本鎖siRNA分解活性(右)。 |
RNAi経路では、siRNAと呼ばれる二本鎖RNAが形成され、これに相補的な配列をもつmRNAが分解されることで、遺伝子発現が抑制される。また、RNAi経路で働く分子装置の一つRITS(RNA induced transcriptional silencing)複合体は、siRNAを取り込み、染色体上の相補的なDNAに結合して、ヘテロクロマチン形成を誘導すると考えられている。一方、Eri-1は線虫C.elegansで最初に発見され、現在では分裂酵母からヒトに至るまで広く保存されていることが知られるリボヌクレアーゼ(RNA分解酵素)であり、RNAi経路に抑制的に働くことがこれまでに示されている。
飯田らはまず、Eri-1の分裂酵母における相同遺伝子Eri1を同定し、その遺伝子産物が二本鎖RNAに対してリボヌクレアーゼ活性を持つことをin vitroで明らかにした。次に、Eri1とヘテロクロマチン構造形成の関係を調べるために、eri1遺伝子を欠失させた変異株を作成しその表現型を解析したところ、ヘテロクロマチン構造に起因する遺伝子の発現抑制が増強されることが分かった。これらの領域におけるヘテロクロマチン形成には、RNAi経路の機能が必要であることが知られていたが、Eri1欠失による発現抑制の効果はRNAi経路に依存していることが明らかとなった。以上の結果から、Eri1がsiRNAの分解を介して、核内のヘテロクロマチン構造の形成を負に制御していることが強く示唆されたのである。
しかし実際にEri1は核内のクロマチン構造を変化させているのだろうか。そこで彼らは、ヘテロクロマチン形成の指標となるヒストンH3のメチル化やSwi6タンパク質の染色体への局在を解析したところ、eri1欠失株では、メチル修飾やSwi6の量の増加が確認され、ヘテロクロマチン構造の形成が増強されていることが確認された。また、eri1欠損株ではセントロメアに由来するsiRNAが多く蓄積し、これがsiRNAに結合したRITS複合体を増加させることで、ヘテロクロマチン構造の増強を導くことが明となった。
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Eri1がsiRNAを分解しヘテロクロマチンの形成を抑制するモデル。RITSはsiRNAと結合することで活性化され、siRNAと相同的な配列をもつ染色体領域をヘテロクロマチン化する。Eri1はsiRNAを分解し、ヘテロクロマチン化を適切なレベルに調節していると考えられる。 |
これらの結果から飯田研究員らは、ヘテロクロマチン領域に由来するsiRNAがRITS複合体を活性化し、対応する染色体領域のヘテロクロマチン化を促進するが、Eri1はsiRNAを分解することでこれを抑制していると考えている。「Eri1はおそらく、細胞内のsiRNAの量を適切に保ち、本来のターゲット領域をヘテロクロマチン化すると共に、過剰なsiRNAによる異所的なヘテロクロマチン化を抑制しているのではないか」と中山チームリーダーは語る。一方、線虫のEri-1では、ある種のsiRNAの産生にも関与することが報告されている。RNAiの調節におけるEri1の多彩な機能が予想され、それらが広く動物に保存されたものなのか、今後の解明が期待される。
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