Wntシグナルが細胞極性を決めている |
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細胞の多様性を生み出す重要なメカニズムに非対称細胞分裂がある。2つの同じ娘細胞を生じる通常の細胞分裂とは異なり、非対称分裂では2つの娘細胞がそれぞれ異なる細胞運命を辿っていく。この非対称性を生み出すのは細胞自身がもつ極性だ。細胞内の運命決定因子などが不均等に局在し、結果として一方の娘細胞にのみ分配され、他方の娘細胞と異なる運命を獲得する。このような細胞極性は、外から与えられるシグナルの方向に応じて決められると考えられ、Wntシグナルはそのひとつの候補だった。しかし、Wntシグナルがどこまで直接的に極性決定に働いているのかは未解明のままだった。
理研CDBの澤斉チームリーダー(細胞運命研究チーム)らは、線虫の胚および幼虫においてWntシグナルが細胞の極性を直接的に決めていることを明らかにした。この研究は、神戸大学とノースカロライナ大学(米)との共同で行われ、Developmental Cell誌の3月号に発表された。
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LIN-17/Frizzledの局在: LIN-44/Wntを尾側から受け取る野生型(上)と、頭側から受け取る場合(下)とでは、T細胞におけるLIN-17::GFPの局在が反転する。 |
澤らはまず、4細胞期の胚において、EMSと呼ばれる細胞が隣接する細胞から受けるシグナルに従って極性を獲得する現象に注目した。隣接する細胞からは、MOM-2というWnt分子およびMES-1と呼ばれる分子が分泌または細胞表面に発現し、EMS細胞に紡錘体の配向性といった極性を与え、一方の娘細胞を内胚葉に分化させることが知られていた。しかし、細胞極性の確立に、WntシグナルであるMOM-2が必要なのか、それともMES-1が必要なのか、もしくは両方が必要なのかは分かっていなかった。そこで彼らは、MOM-2もしくはMES-1どちらか一方のみを発現するようにした細胞つくり、それらをEMS細胞の両側に配置させ、内胚葉細胞の分化に与える影響を調べた。すると、ほとんどの場合で内胚葉細胞は生じたが、必ずMOM-2を受け取った側の細胞から分化していることが分かった。つまり通常の発生の際には、両方のシグナルを受け取った側の娘細胞が内胚葉に分化するが、実際にはMOM-2が決定因子として働いていることが示された。また、MOM-2が紡錘糸の配向性に影響を与え、EMS細胞の分裂軸を決めていることも明らかとなった。
Wntシグナルは、幼虫期以降においても細胞極性の確立に関与していると考えられているが、やはり、極性の方向を直接決めているのか、それとも間接的に極性の確立を支持しているだけなのかは謎のままだった。そこで澤らは、Wnt分子の一種であるLIN-44が線虫の尾部にみられるT細胞の非対称分裂に与える影響を解析した。T細胞は通常、尾側からLIN-44を受け取り極性を獲得するが、LIN-44が不在だと極性が反転することが知られていた。澤らが実験的にLIN-44をT細胞の頭側から発現させると、この反転がより高頻度に起きることが分かった。さらに、LIN-44の受容体であるLIN-17/FrizzledのT細胞における局在が、LIN-44によって決められていることも明らかになり、幼虫期以降においてもWntシグナルが細胞極性の方向性に決定的な影響を与えていることが示された。
これまでWntシグナルは補助的に機能しているだけで、極性を直接的には決めていないと考えられてきたが、今回の澤らの研究は、Wntシグナルが極性の方向決定に決定的な役割を果たしていることを強く示唆している。今回の研究に中心的な役割を果たした研究者の一人、澤研究チームの水本公大氏(ジュニアリサーチアソシエート)は、「線虫の細胞極性のメカニズムを研究する事により、ほ乳類など他の生物におけるWntシグナルの未知の機能も明らかになる事を期待している」と語る。
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