独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2005年4月19日


神経堤の誘導開始にPax3およびZic1の共発現が決定的な役割
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脊椎動物の初期発生で原腸形成に続いて起こる重要なイベントは神経形成である。神経形成初期には背側の外胚葉が神経板を形成し、その両側の縁が立ち上がって神経ヒダが形成される。神経ヒダは中心線で結合し、外胚葉から分離して管状の神経管になり後に中枢神経系を形成する。神経ヒダからは神経堤細胞も形成され、体中に分散して自律神経系や頭蓋骨、色素細胞など多くの末梢組織を派生する。神経堤細胞の発生は重要なイベントであるにもかかわらず、どのような分子メカニズムによって外胚葉の特定の領域から誘導されるのか、その詳細は未解明のままであった。

細胞分化・器官発生研究グループ(笹井芳樹グループディレクター)の大学院生佐藤貴彦(ジュニアリサーチアソシエート)らはアフリカツメガエルを用いた研究で、Pax3とZic1と呼ばれる分子が協調的に機能し、神経堤細胞の運命決定を行うメカニズムを明らかにし、Development誌のオンライン版に4月19日付けで先行発表した。

Pax3とZic1両方を異所的に強制発現させると、腹側に神経堤マーカーのFoxd3が誘導された


神経堤の発生にはWntやBMPといった多くのシグナル分子が関与することが知られ、また、Foxd3やSlugといった転写因子が神経堤前駆細胞の初期マーカー遺伝子として見つかっていた。今回まず佐藤らは、原腸形成期に背側外胚葉で発現するPax3及びZicファミリー遺伝子Zic1に注目し、これらの遺伝子が共に発現している領域が、将来神経堤が形成される領域にほぼ一致することを明らかにした。また、これら2つの遺伝子はFoxd3やSlugに先立って同領域に発現することを確認した。

続いて彼らは、神経形成を抑制する働きのあるBMPシグナルを実験的に増強させると、Pax3およびZic1の発現が阻害されることを見出した。逆にBMPシグナルを抑制した場合は、これらの遺伝子の発現が胚の腹側にまで拡大した。またWntシグナルを増強させると、Pax3と神経堤前駆領域のマーカーであるFoxd3の発現が、通常の前方の発現境界を越えて拡大した。

次に、Pax3及びZic1が実際に神経堤の形成を誘導できるのかを調べるために、mRNAインジェクションによる機能亢進実験を行った。8細胞期の動物極割球にmRNAを注入しPax3またはZic1のいずれかを過剰発現させると、Foxd3及びSlugの発現が背側で拡大した。しかし、どちらの場合も腹側にまでは異所性の発現は誘導されなかった。ところが、さらにPax3及びZic1を外胚葉の腹側で同時に発現させたところ、神経堤マーカーが腹側にも異所的に発現し、これらの分子が協同して神経堤の誘導に関与していることが示された。佐藤らは一方で、モルフォリノによるPax3及びZic1の阻害実験も行った。その結果、これらの分子どちらか一方を欠損しただけで、 Foxd3の発現が抑制されることが示された。この際、一方を阻害したときの他方の遺伝子発現に影響は見られなかった。

アニマルキャップアッセイによってin vitroでの誘導活性を調べたところ、Pax3単独ではFoxd3の発現が誘導されなかった。これは、in vivoではPax3が他の分子と協調的に機能し神経堤の誘導に関わっていることを示唆している。そこで、神経堤分化への関与が知られるWnt3aと共発現させたところ、Foxd3の発現が誘導されただけでなく、Zic1の発現もみられた。Zic1単独の発現ではFoxd3の誘導は非常に弱いレベルであったが、Wnt3aと共発現させると、やはりFoxd3の発現が大幅に増加した。興味深いことに、いずれの分子による神経提分化誘導も単独ではBMPシグナルによって遮断されてしまうのに対し、Wnt3a、Pax3、Zic1が全て揃うと、BMP存在下でもFoxd3の発現を高いレベルで誘導できることが明らかとなった。

次に神経堤分化誘導においてPax3とZic1が細胞自律的に同じ細胞内で働くのかどうかについて検討を行った。彼らはアニマルキャップ細胞をバラバラに解離した系を用いて、Pax3及びZic1の機能が他の細胞からのシグナルに依存しているのかを検討した。その結果、細胞をバラバラに解離した場合でも、Pax3の強制発現下ではFoxd3およびZic1の発現誘導(Wntタンパク存在下)が見られたのに対し、Zic1をモルフォリノで阻害するとFoxd3の発現は強く抑制された。このことは、Pax3は細胞自律的にZic1の機能を必要としていることを示している。また、Wntシグナルの下流に位置するβカテニンの阻害はFoxd3の発現を抑制することから、in vivoにおいても内因性Wntシグナルの重要性が示された。

これらの結果から、Pax3及びZic1の共発現がWntシグナルの存在下で、神経堤の誘導に決定的な役割を果たしていることが明らかになった。Pax3とZic1、そしてWntの経路がどの様に相互作用し神経堤を誘導しているのか、そのメカニズムの更なる解明が待たれる。



掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/dev.01823v1

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