内耳誘導は内胚葉から始まる |
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外耳、中耳、そして内耳からなる耳の構造は「機能美」と呼ぶにふさわしい。これらの器官は一体となって音だけでなく重力や体の動きを感知する。外・中・内耳の形成は発生の初期に始まり、それぞれ独立した経路をたどって最後に機能的に統合される。中でも内耳は三半規管と呼ばれる非常に複雑な構造をもち、有毛細胞が物理的な振動を神経の興奮に変換し聴覚を生み出すと同時に、平衡感覚の維持にも機能している。この内耳は予定皮膚の一部が肥厚化して形成される耳原基に由来する。
ニワトリとマウスの胚を用いた研究で、耳原基は少なくとも2つの胚葉、すなわち中胚葉と外胚葉の相互作用の結果生じる事が分かっている。頭部において中胚葉が隣接する神経外胚葉に働きかけ、耳原基を誘導するのである。感覚器官発生研究チームのラジ・ラダーチームリーダーらはユタ大学(米)との共同研究で、三つ目の胚葉、つまり内胚葉が内耳誘導の開始に必要であることを今回明らかにした。
耳の発生にはFGFファミリーに属する多様なシグナル分子が生物種を越えて関与している。ニワトリ胚では、頭部中胚葉から分泌されるFGF19が神経外胚葉におけるWNT8cおよびFGF3の発現を誘導し、その結果、隣接する予定領域(非神経外胚葉)から耳原基が誘導される。マウスでは同様の結果が、中胚葉で発現するFGF10と後脳で発現するFGF3によって誘導される。ゼブラフィッシュでは、FGF3とFGF8がこれらの機能を担っている。ラダーらは、FGF8がニワトリやマウスの内耳誘導に関与しているという報告がこれまでになかったことに興味を持ち、研究を進めてきた。
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耳原基マーカーPax2の発現(左):内胚葉でのFGF8の発現を抑制すると耳原基の形成が阻害される |
彼らはまずニワトリ胚を用いた一連の組織切除実験によって、内胚葉が内耳誘導の開始に関与していることを示し、続いて内胚葉が中胚葉でのFGF19の発現を誘導していることを示唆する結果を得た。内胚葉での遺伝子発現を調べた所、実際にFGF8の発現が見られ、隣接する中胚葉のFGF19の発現を促している事が明らかとなった。さらに、FGF8を外因的に発現させても中胚葉のFGF19発現が誘導される事や、逆にRNAiによりFGF8をノックダウンするとFGF19の発現が抑制され耳原基の形成が阻害される事を示し、内胚葉でのFGF8の発現が、中胚葉におけるFGF19の発現とその後の耳原基形成に必要十分な条件を与えていることを見出した。
彼らはマウスにおいても同様に、FGF8の発現時期とその位置から、FGF8が耳原基誘導に関与している可能性示した。しかしマウスにおいては、FGF3がFGF8と重複して機能している可能性を示す発現パターンが得られた。そこで彼らは、FGF3欠損マウスと、FGF8の発現を大幅に低下させたマウスを作成し(FGF8を完全に欠損するマウスは耳の発生の開始前に致死となってしまうため)、これらの分子が耳の誘導にどのように関与するのか検証した。その結果彼らは、FGF3またはFGF8どちらかが存在すれば誘導が起こるが、FGF3非存在下で極低レベルのFGF8しか発現しないマウスでは耳の誘導が起きないことを明らかにした。一方で、このマウスは正常な後脳を形成していた。このことは、ゼブラフィッシュではFGF3とFGF8が後脳の形成においても重複的に機能していることが知られるのに対し、マウスでは耳と後脳の発生は別の経路をとっていることを示している。また、FGF3とFGF8を共欠損するマウスをより詳細に解析したところ、その表現型がFGF10のノックアウトマウスと似ている事が分かり、実際に間充織細胞でFGF10の発現が低下している事が明らかになった。
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