マウスES細胞から大脳前駆細胞の分化誘導に成功 |
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ヒトを含めた哺乳類の中枢神経系は頭部から尾部に向かって、大脳、間脳、中脳、小脳、延髄および脊髄に分けられる。これら中枢神経系の神経細胞は非常に再生能が低く、一旦障害されると自然な回復は難しい。その為、神経細胞移植による中枢神経系疾患の治療の可能性が注目されており、必要な神経細胞の供給源としてES細胞が期待されている。例えばES細胞から効率よく各種の神経細胞を産生できれば、パーキンソン病やアルツハイマー症候群、ハンチントン病など多くの神経疾患の治療法の開発に貢献できる。その為、世界中の研究者がES細胞から各種の神経細胞を高効率で分化誘導させる方法を探ってきた。すでにES細胞からの中脳や脊髄の神経細胞への分化は成功していたが、大脳の神経細胞への選択的な分化は未だ達成されてなかった。
CDBの笹井芳樹グループディレクター(細胞分化・器官発生研究グループ)らは今回、マウスのES細胞から大脳神経前駆細胞を誘導し、さらに大脳皮質や大脳基底核の神経細胞を誘導する新たな方法を確立した。この成果は京都大学、大阪市立大学、東京大学との共同研究によるもので、Nature Neuroscience誌のオンライン版に2月6日付で先行発表された。
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SFEB法によって誘導された大脳前駆細胞(赤、Bf1マーカー) |
笹井らは以前の研究で、ES細胞とPA6と呼ばれるフィーダー細胞との共培養を行なうSDIA法を確立し、マウスおよびよりヒトに近いサルのES細胞からドーパミン産生神経細胞や運動神経細胞、感覚神経細胞などを高効率に誘導することに成功していた。しかし、SDIA法を含む既存の方法では、ES細胞から大脳(発生学的には終脳と呼ぶ)の神経組織への分化はほとんど誘導できていなかった。
笹井研究グループの渡辺研究員らは今回の研究で、SDIA法とは異なる新たな神経分化誘導法(SFEB法:Serum-free Floating culture of Embryoid Bodies-like aggregates)を確立し、大脳神経前駆細胞の誘導に成功した。この方法では、フィーダー細胞非存在下で特殊な無血清培地を用い、ES細胞の浮遊凝集塊培養を行なう。さらにES細胞内在性のWntやNodalといった神経分化抑制因子の活性を分化誘導初期の一定期間阻害することにより、約90%という高効率で神経細胞を誘導することに成功した。さらに各種神経マーカーによる解析から、これらの神経細胞の約40%は大脳前駆細胞であることが明らかになった。従来の方法では1〜2%の効率でしか大脳前駆細胞を産生できなかったため、SFEB法はES細胞から選択的に大脳組織を誘導する初めての方法といえる。
さらに彼らは、SFEB法によって得られた大脳前駆細胞を、大脳の各領域の発生を制御すると考えられる可溶性シグナル因子で処理することで、大脳の異なった領域組織を分化誘導することに成功した。胎児期の大脳は背側から腹側に向かって、大きく大脳皮質、大脳基底部(基底核および終脳茎部)の神経領域が発生するが、これらの分化は各領域を区別するマーカー抗原(Pax6, Gsh2, Nkx2.1など)を用いて解析することができる。SFEB法で得られた大脳前駆細胞にShhという可溶性シグナル因子を培養開始4日目から作用させると、大脳基底部の前駆細胞が高効率に得られた。一方、培養開始6日目からWnt3aという可溶性シグナル因子を作用させると培養開始10日目には約8割の細胞が大脳皮質の前駆細胞になる事が確認された。また、SFEB法とShh処理を組み合わせた条件では、培養開始20日目で線条体神経細胞の分化誘導を確認した。線条体は大脳基底核の大きな部分を占める重要な運動制御中枢であり、その障害はハンチントン病やパーキンソン病の発症を惹起すると考えられている。
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