脊椎動物の頭部形成に新たな知見
−WntおよびFGF経路を抑制する新たな分子メカニズム− |
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脊椎動物の頭部形成を担うシグナリング制御ネットワークは、極めて精巧かつ複雑である。初期胚形成においては、多様なシグナリング分子とその抑制分子とのバランスの取れた相互作用が正しい胚構造を導いていく。特に頭部形成では、原腸胚期のオーガナイザーから分泌される分子群によって、腹側化・後方化因子であるBMP、Wnt、Nodalのシグナリング経路が抑制されることが重要と考えられている。しかし一方で、細胞自律的なシグナリング制御機構の報告は限られている。また従来、FGFシグナルは後方化因子の最有力候補と考えられていたが、同シグナリングを制御し頭部形成を促進する分子も未だ同定されていない。
Wnt及びFGFは多機能分子ファミリーであり、細胞の増殖・分化や組織のパターニング、体軸決定など生体の様々な局面で多様な機能を果たしている。これらのシグナリング経路を構成するリガンドやレセプターは細胞内小器官である小胞体内にて機能的な立体構造を獲得し、正しい糖鎖修飾を受けることにより作られる。同過程をパスした新生蛋白質のみが、細胞膜あるいは細胞外へ輸送されて機能を果たす。失敗した蛋白質は最終的に不良品とみなされ破壊される。今までに特定のシグナリング経路の蛋白質成熟過程を制御する分子の存在はほとんど知られていなかった。CDBの山本朗仁研究員(ボディプラン研究グループ、相澤慎一グループディレクター)らは今回の研究で、頭部形成を誘導する新規の蛋白質Shisaを同定し、同分子が小胞体内でWnt及びFGFレセプターの蛋白質成熟過程を阻害することによってシグナリング活性を制御することを明らかにした。新しいシグナリング制御メカニズムを提唱することとなったこの研究は、Cell誌のオンライン版に1月28日付けで発表された。
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COS細胞のコンフォーカル蛍光顕微鏡像:
ShisaはFrizzled(緑)を小胞体内に留めることによりシグナリングを制御する。 |
彼らはアフリカツメガエルを用いた研究でShisaを同定し、頭部オーガナイザー及び予定前部神経外胚葉に発現している事を示した。またこの遺伝子は、マウスやゼブラフィッシュ、ヒトに至るまでの脊椎動物にも保存されている事を確認した。Shisaを過剰発現させると胚前部の構造が拡大したが(Shisaは沖縄で見られる頭の大きな魔よけの獅子シーサーから名付けられた)、逆にShisaの欠損は原腸胚形成期における予定頭部の形成を阻害した。このことよりShisaが頭部形成に必須な役割を果たすことが明らかとなった。さらに腹側化・後方化分子群との機能的相互作用の検討によって、ShisaはWnt及びFGFシグナリングを細胞膜に近いレベルで抑制することが明らかとなった。
Shisaは細胞外分泌型と小胞体蓄積型という2つの細胞内分布を示す。Wntシグナリングにおける詳細なShisaの機能解析から、Shisaは細胞自律的にWntレセプターを発現している細胞においてのみシグナリングを抑制することが明らかとなった。ShisaをWntレセプターであるFrizzled(Fz)と共発現させると、ShisaはFzを小胞体に留め、細胞膜への輸送を阻害する。一方、生化学的解析よりShisaは分子量の小さい未成熟なFzとのみ特異的に相互作用する事が分かった。また、Shisaを欠く予定頭部神経組織ではFzの細胞膜へ輸送が促進され、Wntシグナルへの感受性が増していた。これらの結果から彼らは、Shisaは小胞体内にてFz蛋白質の成熟過程を阻害することにより、Fzの細胞膜発現を抑制、結果的にWntシグナルの受容を阻害していると結論づけた。
彼らは、ShisaとFGF経路の関係についても解析を行い、Wntの場合と同様に、ShisaがFGFレセプター(FGFR)を小胞体に留める事を明らかにした。FGFは胚の後方化を誘導すると同時に神経誘導にも関与しているため、頭部領域においてShisaは胚の後方化を抑制しつつ神経誘導を許していることになる。Shisaはこの抑制と誘導のバランスをどの様にとっているのだろうか。またShisaは構造の大きく異なる2つのレセプター、つまりFzとFGFRとどの様に相互作用しているのか。そして小胞体局在シグナルをもたないShisaがどの様にしてFzやFGFRを小胞体内に留まらせるのだろうか。Shisaの機能の詳細については多くの疑問が残されるが、胚発生や生体の恒常性維持に広範かつ重要な役割をもつWntとFGFの制御メカニズムに新たな知見を加え、細胞内小器官である小胞体の新たな機能を見いだしたことは非常に意義深い。
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