独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2005年1月23日


時計の心臓部にメス
−体内時計をコントロールする転写制御ネットワークを解明−
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哺乳類の多くは体内時計をもち、脳の視交差上核などが刻む概日リズムにしたがって、睡眠や覚醒、血圧や体温の変動、ホルモン分泌といった生理機能を自律的にコントロールしている。視交差上核などの器官では、遺伝子発現の周期性が時計の振動子として機能していると考えられている。しかし、これらの遺伝子発現は、活性化因子と抑制因子が複雑に絡み合うフィードバックループに調節されているため、その詳細を明らかにするのは困難であった。

CDBの上田泰己チームリーダー(システムバイオロジー研究チーム)らは、マイクロアレイなどを用いてマウスの遺伝子発現を包括的に解析することで、体内時計を構成する遺伝子ネットワークの解明を目指してきた。彼らは今回の研究で、体内時計の遺伝子(時計遺伝子および時計関連遺伝子)が織り成す複雑な転写制御ネットワークの構造を同定し、そのネットワークの心臓部と思われる転写制御機構を明らかにしたと報告している。この研究は山之内製薬と共同で行なわれ、Nature Genetics誌に1月23日付けで発表された。

哺乳類の体内時計を構成する転写制御ネットワーク


上田らは以前の研究で、朝・昼・夜に特徴的な発現周期を示す事から体内時計の構成要素と予想される16の遺伝子を抽出していた。今回、これら16遺伝子の転写制御領域についてヒトとマウスを比較したところ、進化的に保存されている3種類の転写制御配列、E-box/E’-box、D-box、RREを見出した。さらに、これらの転写制御配列を詳細に調べた結果、E-box/E’-boxは朝の遺伝子を中心とした9遺伝子上に11箇所、D-boxは昼の遺伝子を中心とした7遺伝子上に10箇所、RREは夜の遺伝子を中心とした6遺伝子上に8箇所存在する事が明らかになった。また興味深いことに、夕方に発現する遺伝子は朝の転写制御配列(E-box/E’-box)と夜の転写制御配列(RRE)の両方をもっている事が示された。また、これらの16の遺伝子自身も朝・昼・夜の転写制御に関与している事から、体内時計はこれら16遺伝子が互いに絡み合った複雑な転写制御ネットワークを形成している事が明らかとなった。

また、これら3つの転写制御配列と16の遺伝子の相互作用を調べた結果、E-box/E’-boxがネットワークの中心的役割を担っている事が示唆された。実際に、E-box/E’-boxに対する抑制因子を過剰発現した所、ネットワーク全体の発現リズムが崩壊した。これに対し、D-boxおよびRREに対する抑制因子を過剰発現させてもその様な広範な変化は見られなかった。この実験は、彼らが今回新たに開発した、試験管内で体内時計の表現型を解析できるシステムによって行なわれた。さらに彼らは、このネットワークにおける転写ダイナミクスを計算機を用いて詳細に解析した。その結果、体内時計の転写制御が以下の2つの原理で支配されていることが示された。つまり、1)E-box/E’-boxおよびRREによる転写制御では、「転写抑制が転写活性化に先行」するメカニズムに従い転写出力の遅れを生み出し得る事、2)D-boxによる転写制御においては、「転写抑制と転写活性化が真逆のタイミング」で働くメカニズムに従い、高振幅の転写出力を生み出し得る事を示した。

引き続き、体内時計を構成する新規のパーツとそれらの機能を明らかにしていく必要があるが、今回の研究は、体内時計の転写制御ネットワークの心臓部を明らかにした点で重要といえる。体内時計の仕組みが将来明らかになれば、体内時刻に合わせた薬剤投与といったオーダーメイド医療や、体内時計の乱れに起因する不眠症や鬱症状などの治療が可能になると期待される。また、上田らの研究は、生命現象を複雑な遺伝子ネットワークの表現型として理解しようとするシステムバイオロジーの分野に1つのモデルケースを築いた点でも重要である。


掲載された論文 http://www.nature.com/doifinder/10.1038/ng1504

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