独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年12月23日


不妊マウスでも孫はいる?
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研究室でマウスを継続的に繁殖させたり、網羅的変異解析などを行っていると、しばしば不妊のマウスが生じる。これらは哺乳類の生殖細胞形成の研究などに非常に有用であるが、不妊ゆえに同系統のマウスを長期間にわたって維持するのは現在のところ不可能である。体細胞核の移植によるクローンマウスの作成なども試みられているが、いかなる方法を用いても成功率は僅か2パーセント程度で、遺伝子リソースを維持する方法としては未だ確立されていない。

クローンマウスの研究で著名なCDBの若山照彦チームリーダー(ゲノム・リプログラミング研究チーム)らはハワイ大学(米)との共同研究で、生殖細胞をつくらない不妊性マウスでも系統を維持でき、また子孫を残せる可能性を見出した。彼らは、不妊マウスの尻尾からの核移植によりntES細胞(nuclear transfer embryonic stem cells)を作成し、受精卵由来の胚盤胞へ注入するキメラ法を用いている。この研究成果は、アメリカの科学誌Proceedings of the National Academy of Science USAのオンライン版に、12月23日に発表された。

`tetraploid complementation’により生まれたキメラマウス
尻尾の細胞を解析したところ、ドナーと同様のY染色体の異常が見られた

この研究は偶然の発見から始まった。遺伝学的には雄であるにもかかわらず、Y染色体の倍化により、雄雌両方の生殖器官の解剖学的特徴を備える雌雄同体マウスを彼らは発見した。しかし、このマウスは精子および卵子そのものを形成できず、機能的には不妊性であったために、系統を維持できず、更なる研究を継続するのが困難だった。彼らは、一般的な手法によるクローンマウスの作成や、ntES細胞からの核移植によるクローンマウスの作成を試みたが、いずれの場合も成功しなかった。

そこで彼らは、ntES細胞を胚盤胞へ注入するキメラ法を試みた。彼らはまず、アルビノ(色素を欠損する劣性遺伝で、白色の体表を示す)の雌雄同体マウスの体細胞核を未受精卵に移植し、得られたクローン胚盤胞からntES細胞を樹立した。このntES細胞を、2倍体または4倍体の染色体をもつ受精卵由来胚盤胞へ移植し、代理母の子宮で発生を続けた。後者の場合では、胚盤胞に由来する4倍体細胞は胎盤などの胚体外組織を形成し、ntES細胞のみが胚を形成する’tetraploid complementation’が期待され、クローニングと同様の効果が得られると考えられた。この実験の結果、2倍体の胚盤胞から25匹のキメラマウス、4倍体の胚盤胞から2匹のキメラマウスが得られた。後者のキメラマウスはY染色体の異常を受け継ぎ、擬似クローニングが成功している事が確認された。さらに彼らは、これらのマウスを正常なアルビノマウスと交配し、得られた子孫の体色から、雌雄同体アルビノマウスのゲノムの伝播を解析した。その結果、4倍体由来のキメラマウスは核ドナーと同様に不妊性だったが、興味深いことに、2倍体由来のキメラマウスからはアルビノで妊性の子孫が生じた。この結果は、生殖細胞を形成できない不妊性の変異マウスに由来するntES細胞が、2倍体胚盤胞を用いたキメラマウスにおいては生殖細胞を形成していることを示している。しかし、キメラから得られた妊性のアルビノは全て雌で、変異をもつY染色体の伝播は起こらなかったが、その理由は明らかでない。

今回の若山らの研究成果は、クローンマウスの作成ができなくても、ntES細胞の4倍体胚盤胞への移植という方法で、不妊性の変異マウスの擬似クローニングが可能であることを示すと共に、不妊性マウスに由来するntES細胞が生殖細胞を形成しうることを明らかにした点で重要である。今回見つかったY染色体上の遺伝子の機能など、更なる研究が必要であるが、ntES細胞の可能性と、その医療応用に新たな学術的知見を加えたと言える。


掲載された論文 http://www.pnas.org/cgi/content/abstract/102/1/29

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