独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年11月18日


RET非依存的GFRαがなくても発生と再生は正常におこる
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神経細胞の生存は神経栄養因子と呼ばれる一連の分子に依存している。 GDNF ファミリーリガンド( GFL; GDNF family ligand )もその一種で、 GFR αと RET チロシンキナーゼが形成するレセプターを介して神経細胞内へとシグナルを伝達する。しかし、 GFR αは RET チロシンキナーゼと比較して、より広範囲に発現している事から、 RET を仲介する系とは別の系でも機能する事が示唆されていた。実際に、単独で発現している GFR α( RET 非依存的 GFR α)が、近接する細胞の RET シグナルの制御に trans に作用することや、 GFL − NCAM(Neural Cell Adhesion Molecule) のシグナル伝達系で機能している事が in vitro の研究で示されてきた。一方で、 RET 非依存的 GFR αの生体内における機能を示すデータは乏しかった。

CDB の榎本秀樹チームリーダー(神経分化・再生研究チーム)らは、マウスを用いた研究で、 RET 非依存的 GFR α 1 は予想されていた生理機能を担っていないことを明らかにした。なお、この研究はワシントン大学医学部との共同で行われ 2004 年 11 月 18 日付の Neuron 誌に発表された。

榎本らは今回、 GFR α1ノックアウトマウスが腸管の神経細胞や腎機能を欠損し出生直後に致死となることに着目した。この劇的な異常が、 RET 非依存的 GFR α 1 の生体内での機能にどの程度依存するかを解析するために、 RET 非依存的 GFR α 1 を特異的に欠損するマウスを非常に巧妙な方法で作り出した。

GFRα1の発現(青:LacZ):GFRα1のヘテロ欠損マウス(左)、ホモ欠損マウス(中央)

および cisマウス(右、RETを発現する細胞でのみGFRα1を発現)

ホモ欠損マウスでは腸管神経や腎形成に異常がみられるが、ヘテロ欠損マウスおよび cisマウスでは正常

彼らはまず、 GFR α 1 細胞が LacZ 遺伝子で標識される GFR α 1 ノックアウトマウスを作成し、ホモに欠損する場合は腎臓や腸管の神経および運動神経に異常をきたして出生時に致死となり、ヘテロに欠損する場合は正常な個体が発生することを示した。さらに、異常のみつかった場所は、 RET と RET 非依存的 GFR α 1 の発現パターンから trans シグナルの示唆される部位であることを確認した。次に彼らは、 Ret プロモーター下に配置した GFR α 1 遺伝子を導入したマウスと、 GFR α 1 ヘテロ欠損マウスを交配することで、 RET を発現する細胞のみで GFR α 1 を発現する cis マウス( trans 方向のシグナルを欠損する事から命名)を作成した。彼らは、 RET 発現細胞でのみ GFR α 1 が発現していることを確認し、条件的ノックアウトが成功していることを確認した。しかし、驚くべきことに、このマウスは腎機能や神経系に何ら異常をもたない正常な個体である事が明らかになった。 GFR α 1 の欠損によって異常が生じる事が知られる腎臓や運動神経、腸管神経、中枢神経などについて詳細な解析を進めたが、いずれの場合も cis マウスは形態的にも機能的にも正常な器官を発生もしくは再生した。

さらに榎本らは、 RET 非依存的 GFR α 1 と NCAM の関連性を明らかにするために、 cis マウスの嗅球について解析を行った。 NCAM を欠損するマウスでは、前駆細胞の嗅球への細胞移動に異常が生じ、その結果嗅球の縮小が見られる。この表現型は、 GFR α 1 ノックアウトマウスで僅かながら認められるが、 RET 欠損マウスではみられないと報告され、嗅球は RET 非依存的 GFR αの機能部位とみなされていた。しかし、 GFR α 1 ノックアウトマウスは嗅球の発生が完了する前に死亡するため、 GFR α 1 と NCAM シグナルの関連は結論づけられていなかった。今回作製した cis マウスは生後問題なく発育したため、はじめて嗅球を成体の段階で観察できた。期待に反して、 cis マウスの嗅球は正常に発生することがわかった。

これらの研究結果により、 RET 非依存的 GFR α 1 がなくとも器官発生・再生が正常に起こることが判明した。 RET 非依存的 GFR α 1 の機能として提唱されている2つのモデルを否定する結果であり、初めて生理的な回答を与えた点で興味深い。しかし依然として、なぜ GFR α 1 が RET の発現していない領域でも発現しているのかという疑問が残る。これらの領域では RET 以外の未知の分子と協調して機能している可能性などが考えられる。いずれにしても、「培養皿上の細胞」と「生き物の中の細胞」がいかに異なっているか、あらためて示される結果であった。


掲載された論文 http://www.neuron.org/content/article/abstract?uid=PIIS0896627304006828

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