独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年8月12日


あなたは今何時?
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腕時計を分解してみると正確に時を刻むのが如何に複雑な過程かが分かる。パルスを発生する装置に始まり、いくつものパーツを経てその動きが表示され、最終的にフィードバックとして回帰することで正確に時を刻む事が出来る。体内時計も同様で、遺伝子が形成する複雑なネットワークに制御され、様々な生理現象のリズムを調節している。しかし腕時計と大きく異なるのは、体内時計には表示機能がないという事である。その為、ある人の体内時計が今何時なのかを知るのは困難で、体内時計に合わせた薬物投与を目指す「時間治療」には大きな障壁があった。

上田泰己チームリーダー(システムバイオロジー研究チーム、CDB)らは今回発表した論文で、個々人の体内時刻の測定を将来可能とする研究成果を報告した。 8 月 3 日に米国の科学誌『 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS 』(米国科学アカデミー紀要)に掲載された論文では、マウスにおいて時間周期性を示す 100 以上の遺伝子(時刻表示遺伝子)について発現解析を行い、それを元に分子時刻表を作成した。検体となるマウスの時刻表示遺伝子の発現パターンを解析し、この分子時刻表に照らし合わせることで、そのマウスの体内時刻を知る事が出来るという。

多くの遺伝子はおおよそ 24 時間の周期に則った発現パターンを示す事が知られ、この現象は概日リズムとして知られる。上田らはまず、概日リズムに従って高振幅な発現を示す遺伝子で、昼夜のコントロールと無関係に(例えばマウスを定常的に暗所に置いても)そのような周期的な発現パターンが維持される遺伝子の同定を行った。彼らはマウスの肝臓を用いて、これらの条件を満たす 168 の遺伝子を同定し、各遺伝子の発現ピークの時刻を計算した。これらの遺伝子はその発現ピークの時刻によって、腕時計の針のように夜明け、夕刻といった一日のうちの特定の時刻を示すことが可能であり、時刻表示遺伝子と名づけられた。

彼らの手法では、検体となるマウスの時刻表示遺伝子の発現量を測定し、それらを今回作成した分子時刻表と照合することで、高精度にそのマウスの体内時刻の測定を可能にする。上田らはこの手法の正確さを検証するために、最もノイズの強いと考えられる明期から暗期の変わり目の時刻において 168 の時刻表示遺伝子の発現量を解析し、その発現量に基づきマウスの体内時刻を測定した(明期から暗期の変わり目で、マウスのような 24 時間よりも若干短い周期の体内時計を持つ動物の体内時刻はリセットされている。このため明期から暗期の変わり目の時刻は最も環境ノイズが強い時刻だと考えられている)。解析の結果、時刻表示遺伝子の発現量から 1 時間ほどの精度で体内時刻が推定され、分子時刻表を用いた手法が環境のノイズ(今回の場合は光による時計のリセット)に左右されない事が明らかになった。

あなたは今何時? 体内時刻は時間遺伝子の発現プロファイルとして表現され、分子時刻法で検出する事ができる。朝には(中央上)「夜明け遺伝子」が高発現しているが(緑)、「夕刻遺伝子」の発現レベルは低い(ピンク)。いっぽうで、夕方では(中央下)、「夜明け遺伝子」の発現は低いのに対し、「夕刻遺伝子」が高発現している。

上田らはさらに、 Clock 遺伝子をホモ欠損したマウスを用いて解析を行った。 Clock 遺伝子の欠損はリズムの障害を生じる事が知られている。彼らは全ての Clock 欠損マウスにおいて、時刻表示遺伝子の発現に乱れが生じることを明らかにした。これは、彼らの分子時刻表を用いた手法(分子時刻法)が、リズム障害の診断にも応用できることを示唆している。

この手法の有効性は異なる遺伝的バックグラウンドをもつ様々なマウスでも確認された。さらには細菌や植物、ヒトにいたる生物時計をもつあらゆる生物に応用できる事が示唆され、実際にショウジョウバエの Clock 遺伝子変異株を用いた実験でも、マウスと同様の結果が得られた。

今回上田らが報告した、体内時刻の測定とリズム障害の診断を可能にする汎用かつ正確な手法は、「体内時計を見る」という科学者と医者の長年の夢を一歩現実に近づけたと言える。これにより将来、医師が患者の体内時計に合わせて、最も有効で最も副作用の少ないタイミングで薬剤を投与するといった応用が可能になるかもしれない。


掲載された論文 http://www.pnas.org/cgi/content/full/101/31/11227

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