独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年7月20日


神経栄養因子受容体様タンパク質 NRH1 が収斂伸長運動に重要な役割
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アフリカツメガエルの初期胚ははじめ球状の細胞塊でしかないが、原腸形成の時期に胚葉と呼ばれる 3 つの細胞層を形成するとともに、流線型の体へと形を変える。このように原腸形成は脊椎動物の形態形成の根幹であり、後に体の全ての組織を生み出す 3 胚葉を正しい位置へと配置する。このダイナミックかつ協調的な細胞運動は収斂伸長( convergent extension )とよばれ、球状の胚を頭尾軸に伸長したオタマジャクシの形態へと導く。

収斂伸長運動に関与する多くの遺伝子が両生類やゼブラフィッシュなどの脊椎動物を用いて同定されてきたが、その分子機構についてはいまだ未解明な点が多い。今回の研究で笹井紀明研究員(細胞分化・器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らは、アフリカツメガエルにおいて NRH1 遺伝子が収斂伸長運動の制御に重要であることを明らかにし、英国の科学誌 Nature Cell Biology のオンライン版で先行発表した。

 


アフリカツメガエル神経胚期におけるNRH1の発現 ( 背側から撮影、前側を上に )

笹井らは、後部神経外胚葉で発現している遺伝子をスクリーニングする過程で、神経栄養因子のレセプターである p75 NTR に類似した遺伝子 NRH1 を同定した(神経栄養因子は神経細胞の生存、成長、細胞移動に関与するシグナル分子の総称)。しかし、 NRH1 の遺伝子産物は神経栄養因子と結合しないことが明らかとなり、他の生物学的機能を担っている可能性が示唆された。

NRH1 の機能解析を目的として、 NRH1 の mRNA を 4 細胞期胚にインジェクションして過剰発現させたところ、生じた胚は頭尾軸に短縮している事が明らかとなった。神経胚では中胚葉マーカーや神経板マーカーの発現が背側正中線に収束せず、また前後軸に伸展しないことが示された。さらに興味深いことに、 NRH1 の機能をモルフォリノ・オリゴ核酸で特異的に阻害した場合も同様に、収斂伸長が抑制される事が明らかとなった。これらの結果は、適切な収斂伸長運動には NRH1 の厳密な発現制御が必要であることを示している。

次に笹井らは、 NRH1 と Wnt/PCP(planar cell polarity 、平面内細胞極性 ) 経路との関係を調べた。 Wnt/PCP 経路はアフリカツメガエルとゼブラフィッシュにおいて、下流の低分子 GTPase を介して収斂伸長運動に重要な働きをもつ事が知られる。また Rho ファミリー低分子 GTPase に属する Rho 、 Rac および Cdc42 は細胞骨格に作用し、細胞の形態や運動を制御する事が以前より知られている。彼らは収斂伸長運動が開始する胚の周辺部( marginal zone )で NRH1 を過剰発現もしくは機能阻害したところ、 Rho ファミリーの活性がそれぞれ増加または減少し、これらの低分子 GTPase と NRH1 との関係が示唆された。また、 NRH1 の機能欠損は Rho ファミリーの上流で機能する Frz7 の発現で代償され、同様に Frz7 のドミナントネガティブ効果は NRH1 の発現で代償される事が明らかとなった。これらの結果は、 NRH1 と Frz7 が独立した経路で Rho などの低分子 GTPase の活性化に関与しており、互いに機能を補償できることを示している。

NRH1 の機能をモルフォリノ・オリゴ核酸で阻害したところ、収斂伸長運動が抑制され、
生じた胚は野生型(下)と比較して前後軸に短縮していた(上)。

更なる研究から、 NRH1 の収斂伸長運動への作用は、 Wnt/PCP 経路から分岐するもう 1 つの経路、つまりアニマルキャップにおいて MKK7 と JNK が c-Jun をリン酸化する経路にも介在されている事が明らかとなった。 MKK7 と JNK の経路には NRH1 と Frz7 の双方が関与していた。

NRH1 による Rho や MKK7-JNK の制御を詳細に検討したところ、 NRH1 の機能は Xdsh ( Wnt/PCP 経路で Rho ファミリーを制御しているもう 1 つの因子)に依存せず、独立して新しい制御系として機能している事が分かった。

今回の研究では、 NRH1 が Wnt/PCP 経路の下流を活性化する新規の因子であり、収斂伸長運動に重要な機能を担っていることを明らかにしたが、今後これらの分子もしくは経路がどの様に下流の因子を使い分け、胚発生における細胞運動を制御しているのかに興味が持たれる。

掲載された論文 http://www.nature.com/cgi-taf/DynaPage.taf?file=/ncb/journal/v6/n8/abs/ncb1158.html

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