独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年3月1日


システムバイオロジーによりヒトから大腸菌まで保存された遺伝子発現量のダイナミクスの特性を発見
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CDBの上田泰己・チームリーダー(システムバイオロジー研究チーム・チームリーダー)らは、ヒトから大腸菌まで共通した遺伝子発現量のダイナミクスの特性をDNAチップを用いたゲノム規模の遺伝子発現量解析(※1)により、世界で初めて発見することに成功した。

これまで少数の生物種の遺伝子発現量の解析により、遺伝子発現量は遺伝子によって非常に異なっており、その分布は、−2のべき乗則(ある発現量を持った遺伝子の数は発現量の二乗に反比例)(※2)という法則によって支配されていることが知られていた。例えば、ある発現量をもつ遺伝子の数に比べて、10倍発現量が多い遺伝子の数は、10の−2乗、つまり100分の1になる。しかしながら、このようなべき乗則がどのくらいまで保存されているのか。また、なぜこのような遺伝子発現量の分布が生じるのかは解明されていなかった。

図1. ヒトから大腸菌まで保存された遺伝子発現量のダイナミクス。それぞれ、大腸菌(左上)、出芽酵母(中央上)、ショウジョウバエ(右上)、シロイヌナズナ(左下)、マウス(中央下)、ヒト(右下)、理論モデル(中央)の遺伝子発現量のダイナミクスを表している。遺伝子発現量のダイナミクスは大腸菌からヒトまで保存されており、発現量の変化はその遺伝子の発現量に比例する。写真は、鵜飼英樹博士(大腸菌)、森下真一博士(出芽酵母)、林茂生博士(出芽酵母)、町田泰則博士(シロイヌナズナ)、重吉康史博士(マウス)、伊藤大輔博士(ヒト)のご好意による。

システムバイオロジー研究チームは、山之内製薬(株)、東京大学、大阪大学、ノバルティス研究財団ゲノミクス研究所、スクリプス研究所と共同で、ヒト・マウス・ショウジョウバエ・シロイヌナズナ・出芽酵母・大腸菌のDNAチップを用いたゲノム規模の遺伝子発現量解析を行い、−2のべき乗則がヒトから大腸菌まで保存されていること、また個々の遺伝子の発現量はダイナミックに変化するにも関わらず、遺伝子発現量の分布が時間的にも空間的にも保存されていることを発見した。研究チームはさらに解析を進め、遺伝子発現のダイナミクスにヒトから大腸菌まで共通した特性(発現量が高い遺伝子ほど発現量が変化する性質)があることを発見し、このダイナミクスの特性が−2のべき乗則を生み出していることを数値解析および数理解析によって証明した。

この成果は、ここ数年爆発的に行われ始めたDNAチップを用いたゲノム規模の遺伝子発現量解析の理論的・統計的な基礎を形成するだけでなく、ゲノムプロジェクトの成果をダイナミックで複雑な生命現象の解明に応用していくシステムバイオロジー(※3)のモデルケースとして、現在生命科学全般に起こりつつある分子からシステムへのパラダイムシフトに大きく貢献するものと期待される。

本研究成果は、米国の学術専門誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』(米国科学アカデミー紀要)のウェブサイト(http://www.pnas.org)でオンライン発表された。


掲載された論文 http://www.pnas.org/cgi/content/abstract/101/11/3765


<語句説明>
DNAチップを用いたゲノム規模の遺伝子発現量解析(※1)

ここ数年広く用いられ始めた、生物における遺伝子発現量を包括的に解析する方法。DNAチップは、DNAマイクロアレイあるいは単にマイクロアレイとも呼ばれる。1.3センチ角のチップ上に、数千〜数万の遺伝子のDNAを高密度に配列したデバイスを用い、サンプルから抽出した核酸とハイブリダイゼーションさせることによって、ゲノム規模(数千〜数万個の遺伝子)の遺伝子発現量の測定を行うことができる。

2のべき乗則(※2)

ある発現量の遺伝子の数は、その発現量の二乗に反比例する。例えば、ある発現量をもつ遺伝子の数に比べて、10倍発現量が多い遺伝子の数は、10の−2乗、つまり100分の1になります。力が二つの物質の距離の二乗に反比例するという万有引力の法則も−2のべき乗則の一つ。

システムバイオロジー(※3)

2003年のヒトゲノム配列の完全解読をはじめとして大腸菌、出芽酵母、分裂酵母、線虫、ショウジョウバエ、シロイヌナズナ、イネ、マウス、ラットなどの数多くの生物のゲノム配列が次々と決定され、生命を理解する枠組み(パラダイム)が大きく変わろうとしている。システムバイオロジーは、ダイナミックで複雑な「生命現象をシステムとして理解」することを目的として形成されつつある生命科学分野で、「生命現象を分子の言葉で理解」しようとする分子生物学の次を担う生命科学として期待されている分野である。

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